我は死神なり
俺は死神だ。
中の奴にまあるく指の肉持ってかれたわ。
こりゃ壁の中になんかいやがるな。人間様にたてついて生きていられると思うなよ。こちとら地球最強種族ぞ。その武器は強力な筋力でも刃を通さない固い鱗でもない。
それは知識だ。
まず、この壁の向こうの水全部抜いてやるからよぉ。せいぜい楽しめ。その後はガスで殺すからよぉ。よろしくな。塩素ガスが欲しい所だが。強酸も無いんで、ここは一酸化炭素で代用する。この気体は身近にある上に、一番人を殺している。しかも臭いも色も無い、無味無臭の気体だ。避けて見ろよ。なあ。バケモンが。
「ぼっちゃん……? イッサンカタンソてなんです?」
「ん。なんでもない」
この世界には気体という概念すらないのだ。空気を吸う時、我々の体が何を補給し、何を排出しているか分かっていない。遅れた文明よ。そのバカさ加減は俺の独壇場を生み出すに至る。これは呪いだ。我々人類は幾億かの哀れな死体の上に文明を作り、今では死神とまで自称する。その死骸の山には同族の骸まで積み上げられ戦争を平気でやっている。戦争で唯一勝つ方法は、手段を択ばない事だ。勝つためなら戦争に加担していない民間人の上に平気で焼夷弾を落とすし、核爆弾だって使う。
この俺の頭の中には、そのどちらもの兵器の設計図が入っているとしたら、この世界はどうなるかなぁ?
「おまえ、なんだ?」
「なのなぁ、鹿ちゃん。おれはちょっとキレてるから、変なことは言わない方がいいぞ」
「お前、面白すぎる。何人食おうとしてる?」
「ちょっと内臓探すの手伝ってくれ」
「へ?」
探していたのは動物の内臓、今回はイノシシの小腸を裏返して洗った物を使う。
それを天井付近にあけた穴から水の入った部屋の中に入れ中の水を吸い出す。
一見馬鹿な行為に思われるかもしれないが、まあ見ておれ。
口元まで上がってきた汚水は、床にぶちまけると止まることなく流れ続けた。
吸いだすことを止めたのに、である。
これはサイフォンの原理と呼ばれるもので、一番古い記録では紀元前1500年のエジプトの壁画に描かれた。水槽からチューブを使って水を移すこの原理は、現代日本でも活用されており、灯油を移し替える時に使うキュポキュポするやつが、これだ。一度出し始めれば、あとは放っておいても勝手に排出される。水の出口を部屋よりも低い軒下まで伸ばせば、完璧に抜くことができた。
それでこれからですよ奧さん。天井付近に開いた水抜き用の穴から、暖房用の石炭(ここではそう呼ぶことにする悪石)をニ、三個火のついた状態で放り込む。床にはまだ数センチの水が残っているのでこれで火事になる可能性は低い。加えて、僅かに端が赤く染まる石ころは、徐々に燃焼するので不完全燃焼を誘発させる。
この石炭と言う物は、長時間燃焼し、熱量が高いが、物凄く温室効果ガスを発出させる。それはガソリンやディーゼルのくらべものではなく、産業革命の時は、工場の上空が真っ黒な雲で覆われるほどだった。その中には発がん性物質も、勿論一酸化炭素も多く含まれた。
さあ。死の時間だ。
幸いにもこの一酸化炭素に対して人間の体は拒絶反応を及ぼすので、咳に始まり、吐き気、頭痛を引き起こした時点で外に出れば死ぬことは無い。
まあ、人間基準の指標なので相手が自分と同じ呼吸器系を持っていないと意味は無いのだが。
すぐに部屋の奧からチチュビチュビチュ!!とゲロを吐く音が聞こえてきた。
「クハハハハ!!人間様の力を思い知れ!!誰に怪我をさせたかよーく考えるんだね!!」
「あんたやべぇよ……やべぇよ。えっちゃじゃんか」
こう、鹿ちゃんからの視線がいいですね。なんかこう、尊敬の眼差しに感じられます。労力ゼロで敵を制圧しているからな。これぞ正しい戦いの方法と言う物だ。
うれしい!! 尊敬してくれたまえ。人類代表の俺を!