それは、時間
俺達は金のために金持ちの家を襲う計画を立てた。
その金持ちは大富豪で、しかも奴隷を売って金を稼いでいる。小さな泥棒よりも質が悪く、目も当てられない大悪党だ。そいつが今年売った女子供の奴隷の数は15000人だ。途方もない数で、実際その多くが劣悪な環境と疫病で死んでいった。その悪党から金を盗むのだから、俺達は正義だ。
夜、寝静まった家の廊下に窓から侵入した。窓は豪華な彫刻をあしらった物だったが、抜き差し丁番の簡単なつくりで、すでに何度も外から開けた後があった。
廊下は狭く、入り組んでいて先が見えにくい。
相棒が短く咳払いをしたことに俺は腹を立てた。それくらい、家は静かだった。不気味だ。寝息1つ聞こえない。この豪邸に誰も警備兵がいないのは不自然だった。しかしないことではない。金持ちは大抵財布のひもが固く、警備を雇うことなどしない。毎日そんなことをしていたら日当だけで金庫の金が尽きるからだ。だからこそ狙う価値がある。奥に進むと進行方向の廊下に二つの目が見えた。
「いうことを聞けば危害は加えない。そのまま見なかったことにして部屋に戻れ」
その人影は頭の上に枝を生やしたような形で異様だった。いや、頭に冠を乗せたガキ。
リーンリーンと小さく鈴の音が聞こえる。
不思議な音だった。小さい頃どこかで聞いたことのあるような音色。しかしあまりにも昔すぎて覚えていない。
頭の中で響くその音は徐々に大きさを増し、機械式時計の歯車の様な音があたり一面を包み込んでいった。その音と共に猛烈な喉の渇きを覚えた。
それは痛みを伴い、喉を掻きむしる。相棒も同じようですぐ隣からぼりぼりと不気味な音が響いた。
「お、おい! ガキ! 飲み物を……よこしやがれ!!」
余計な荷物になるからと水筒は持って来ていない。それが悔やまれる。しかしどうしたことか、この騒音の中で誰も起きてこない。変だ。
目の前の化け物が食っちまったんじゃないのか。
ガキの頭の上で手のひらを広げたように伸びる角が、赤く輝きじりじりと音を立てて点滅する。その点滅は生き物の鼓動のように繰り返す。角の赤い光に照らされ、笑顔に歪む不気味な顔を映し出した。まるで封印する為に張られていたような呪詛があったが、それはついに漏れ出ていた。
「こわい?」
やばい。相棒を連れて逃げようと思い肩をゆする。
その肩に伸びた手はあまりにもしわくちゃで、まるで天寿を全うした老人の手だった。相棒の手からハンマーが落ちた。
え?
上着からは塵がボロボロと崩れ落ち、その中には結婚指輪や指の骨、手首の骨がゴロゴロと混ざっていた。それは確かに相棒の結婚指輪だった。
「ヒィ!! ど、どうしたんだおい!!」
「にげられませーん」
回り込んでみると、相棒の顔は腐った死体のような有様になっていた。あるいは腐って土に戻りかけたトマト。何かを言おうとして動いた口がグジュりと音を立てて崩れ去る。口の中から黄色い歯がボロボロと落ちて床に転がった。わずかに潤いの残った首の奧がついに膨れ上がって弾けて消える。体が完全に砂に変わっていた。
恐ろしいのは着ている服までもが一瞬にして100年は着こんだのではないかと言いたくなるような薄汚い物へと変わっていった事だった。
死んでいる。
「48年8カ月13日8時間45分。君は6年と2カ月3日13分。お腹の足しにもならないよ」
男にはガキの言ったことが理解できなかった。
最後に見たのは己の体が朽ち、崩れて行く光景。
「ぼくがもらうのは君たちの時間。さあ、代わりになにが欲しいか言ってみて」
残されたのは床に積もった塵の山と骨だけだった。
二人は塵になってしまったのである。
「言えたらだけどね」