純白の雫
翌朝になってもノイの指の腫れは引かなかった。それどころか昨日よりもまして指は青くなり、二倍に腫れた。彼の指には銀の鱗があるために膨れた指が押さえつけられ余計に痛々しい。骨は折れていたらしかった。
添え木をしているが、それさえ指にめり込んでいた。
「ぼく、痛くないんだ」
「本気で言っている? 頭を打つと痛みを感じなくなることがあるんだ。もしそうならすぐ医者に行かないといけない。入院だ」
「う、嘘!!違う凄く痛い!」
友達の家で、指痛いともいえないか。もっと頼ってくれてもいいのに。
この友人に例の魔法は使いたくない。後でどんな副作用があるか分からないのだ。俺はこれを抗生物質の様な物だと考えている。強力だが副作用も強烈。できれば使いたくない。最後の手段だ。
骨を直すのに何が必要かは幸いにも分かっていた。カルシウムだ。骨はカルシウムから作られていて、自分で修復する作用を持っている。宇宙飛行士もびっくりの性能だ。何しろ勝手に治るのだから。
痛みは、生きている証拠だと思ってもらって、骨を直す方に専念してもらいたい。そう話すと、ノイは笑って頷いた。
朝食前、まだ薄明るい時間帯にメイドさんを見つけて耳元で囁いた。身長が低いので屈んでもらう形だ。内緒話なのは、これが変な話になるかも知らないと思ったから。まだこの世界で牛乳らしいものを見たことが無かった。
「牛乳ってありますか?」
「ぎゅ……?」
「牛のおっぱいから出る白いお乳です」
牛乳は優れた栄養素を有している。しかも安い。また、子牛の成長を促す栄養素が含まれているため、怪我を直すには一番の近道だった。少なくとも中身が何なのか分からない塗り薬や怪しい魔法よりも安心できる。
「牛は……近くにはおりませんね」
「では、ヤギはどうですか。味は気にしません。この際動物なら犬でもイノシシでも結構なんですがどうにかなりませんか?」
メイドさんは顔を真っ赤にしていた。耳が弱いらしい。何故なら猫耳だからね。話している間中ずっと耳がぺちぺち回っていた。我が家の猫も耳を触るといつもこうしたものだった。
「どうしても、ですか……?」
「乳が必要なんです。どうしても朝食の席に」
朝食にはちゃんと俺の席のグラスにミルクが注いであった。小さなグラスだったが、調達班には拍手を送りたい。
問題はノイの方だった。ものすごく人見知りで、机の下に隠れて出てこない。多分、お父さんが凄い目で見てくるので怖いのだ。
え。牛乳を飲む文化が無い?
マジですか。そうですか。ということは酪農が存在しないと。
飲んでもらわないと仕方がないので、俺はグラスを隠すようにして机の下に持って行った。もちろんというか、予測の通りノイは飲まない。手から飲ませるとなんだかペットにエサをあげているようだと自分でも気が付いて手を引っ込めた。
配慮が足りなかった。
彼は一人の人間なのだから。
あ、いや、牛乳がどんなものか知らないのか。はーなるほど。確かにいきなり真っ白な水を出されても得体が知れない。俺もできれば透明な水だけ飲んでいきたいし、そうかそうか!怖いのか!!
ならば。お手本として飲むしかありませんね!!
グラスを持って腰に手をやって、俺は見せつけるように牛乳を飲んだ。
ゴクリ。
ん?
甘い。やけに甘い。まるで練乳を少しだけ薄めたような甘さだ。それでいて喉にくっつかずさらりと消える。砂糖が入っている? いや、ざらざらとした感触はない。これだけ甘くしようと思ったら、普通は底に砂糖が溜まる物だ。
グラスを逆さまにすると、最後に残った一滴がピチャンと舌先に当たって強烈な甘さを残した。
クラリと一人メイドさんが倒れて、食事は一時騒然となった。
牛乳が、そんなにショックな事ある? と思ったが、よくよく考えてみれば獣の乳。飲まんか。美味しいのにな。でも、いったい何の動物の乳だったのだろうか。