奴隷の悪行
オーロラは坊ちゃんが4歳の時からメイドとして一緒に暮らしている。
しかし、坊ちゃんに向けられる優しげな目が最近獲物を狙うような目になったのは奴隷たちの間でも噂になっていた。
坊ちゃんは日増しに美しくなっていく。高級奴隷でもほとんど見ない美しい顔つきは女性奴隷の気を強く引いた。
恋を知らない奴隷の心に迸る熱い血潮は、その少年の中に夢を抱いてしまうのだった。それどころか、どこぞの令嬢も会いたいと働きかけを進めていると聞く。
純真無垢なその柔肌を自分のおもちゃのようにもてあそんだらどんなにいいだろう。あるいは、あの細い首筋に歯をたてたら……。
そんなおぞましい妄想を抱えながら仕事をしている中、その目だけは坊ちゃんから離せなくなっていた。
オーロラは、仕事中に少年の手がごく当たり前のように他の奴隷と繋がれているのを目にした。
その瞬間、自分の中でぷっつりと糸の切れる音を聞いた。
それは自分の中に押し込めていたどす黒い感情が溢れ始める音だった。
オーロラは後ろ手に坊ちゃんの部屋の鍵をかけた。
時間は夕食後という絶妙なタイミングで、肉を食べたことでわずかに桃色に変わった少年の肌から、石鹸の匂いと、僅かに酸っぱい汗のにおいがする。その背徳感が刺激される匂いは、オーロラの心臓を痛いほど早めた。
狭い部屋の中で二人っきりになる時間は、今この時しかなかった。
寝る準備を自分で進める坊ちゃんの美しいブロンドヘアは、まるで撫でてもらうのを待っているかのよう。
「坊ちゃん。今日は一緒に寝ましょうか」
「え!? いいの!? でも、僕が一緒だと布団狭くなっちゃうよ?」
オーロラは自らの震える手を少年の小さな手に重ねた。
自身の手からにじみ出る脂汗が、少年のきめ細かい手に染み込むことを考えると、無性に、そして心の底から嬉しく思った。
オーロラは、大好きな人を汚している。自分色に染めているのだ。
オーロラは、無抵抗の坊ちゃんの口の中に指を入れ、ゆっくりと歯を撫でた。
「歯に、食べ物が挟まっていますよ」
嘘だった。
少年のほっぺたはまるで絹に映した木版画のように、オーロラの指の動きにしっかり合わせて形を変える。指先に当たる熱い舌の感触、硬い上顎の皮膚。プニプニと柔らかい歯茎の感触を感じながら指を抜き差しすると、異物を出そうと分泌された唾液がグチュグチュと水音を立てた。
シルクの手袋越しとは言え、蕩けるような甘い感触と温度にオーロラはブルリと身震いする。
「さあ、取れました」
「うんありがと!」
オーロラが坊ちゃんを意識し始めたのは、何も見た目が良いからだけではなかった。時折、遠くを見るような目をして、実に大人びた言葉を話すのだった。オーロラはそれが好きだった。
その可愛らしい口をめちゃくちゃにした気持ちがたまらなく良かった。
少しだけいじわるをしたかっただけだが、気持ちは落ち着くばかりかさらに燃え上がるように色を濃くしていった。
「あのさ、奴隷の子を、家に返したらどうなるかな?」
「奴隷商ではむち打ちにされます。返品とはそういう事です」
暗に、自分を見捨てないように懇願した。それはあってはならない事だった。この大事な仕事を失うわけにはいかない。
「あ、そうじゃなくて、産まれた国に返そうと思っているんだけど」
「私たちの年代は、奴隷から産まれた奴隷になります。生まれた国はここです」
当たり前の話だった。家畜の子は家畜。それだけのことだ。
だが坊ちゃんはオーロラを抱きしめて泣いた。
「何とか幸せにする道を見つけるからね」
「あなたは奴隷商人の息子なのですよ。奴隷は、ご主人様のために或るものなのですから、一緒にいていただけるだけで幸せです」
「……ばか」
坊ちゃんはまだ、世界の残酷さを知らない。
人の心も感情も知らないはずなのに、涙もろくて人間思いだ。
こういう人が神様だったら、世界はもっと優しくなれるのかもしれない。
「寝る前におしっこ行きますか?」
「一人で行ってくるね!」
残念です。ええ、とても。
因みに奴隷はものすごく力が強いので、坊ちゃんを抱いて眠るときは細心の注意を払わなくてはいけません。