甘い水
アリッサは狩が終わると獲物を担いだ。
狩好きだがその後片付けが少々、いや、とても嫌だった。自分の部族には元々獲物を持ち帰る文化がない。体に獲物の血と糞尿の臭いがついてしまう。せっかくもらった靴も汚してしまうし、良いことがない。
だが今日は、なぜか少し背中の獲物が少し軽くなった。
変だなぁと思って振り返ると、自分の主人が獲物の下に入って担いでいた。
おかしな人だ。
野生の動物というのは風呂に入らないので猛烈に臭い。寄生虫もいるから人間は絶対に触らない。
それをやるというのがちょっと変。
奴隷の真似をしているのだろうか。
「重いですね。帰るまでにちょっと休憩しましょうか」
小さなご主人はたっぷり汗をかいて、足もふらふらだった。腰の水筒から水をくむと、コップを私に向かって差し出してくる。
意味がわからなかった。
少し考えて水を飲むように促しているのだと理解する。奴隷は基本的に水を飲ませてもらう事などない。喉が乾いたときは水溜まりの泥水を飲むように言われている。
それがなぜか綺麗な水を飲めと言われていた。
この人は優しすぎるし、まるで自分と同じ人間として扱うのだった。それが奴隷の私にはあまりにも毒だった。
試しににおいを嗅いだが、毒のような臭気は感じられない。怖いので少し口をつけて返すと、少年は同じコップで水を飲んだ。
なんだこの人は!!!
足りなかったのか、また水筒から水を汲んで飲んでいる。平然と、私の口がついたところを拭きもしない。
普通、奴隷が使ったものは汚れていると燃やされるものだ。
「もう一杯もらえますか?」とアリッサは聞いてみた。殴られるのは当たり前。そういう質問である。
「勿論」
並々と注がれた手の中の小さなコップを見ながら考える。
なんなんだろうかこの人は。ついついチラチラと見てしまうが、こちらを殴るような動作は一切感じられない。私は同じ飲み口を使って水を飲んだ。小さな唇が触れたコップ。なぜだか水はいつもよりも甘く感じる。
少年は細く白い首筋を見せつけるようにパタパタと仰いだ。美味しそうな汗が首をつたって薄い胸元に消える。
キョロキョロと回りを見渡す青色の瞳は、まるで青空を切り取ったよう。プラチナブロンドの髪は、精霊達に祝福を受けたみたいに風に吹かれて美しくたなびいている。
「ねえ、アリッサさん、足痛くないですか?」
「はい」
「そうですか良かった。何かあったら言ってくださいね」
少年は必ず目を見て話す。その可愛らしい顔はまるで悪いものがない。そんな感じ。
例えば、私が今、心に思っている事を話したらどうなるか。彼に私の首にはめられたこの首輪を握らせたらどんな顔をするだろう。そういうことを考えてニヨニヨと笑う。この人ならば、と思う。