足を包むのは
夜中、トントンとドアがノックされた。
俺は、音を殺してゆっくりとドアを開け、外を確認する。
そこにはアリッサちゃんがいて、はにかんだ笑顔を浮かべていた。相変わらず体でかい。大抵の男は見下ろされてしまう。でもその体つきが良いので全然悪い気はしない。町のチンピラもヒョイと手駒にとってしまいそう。俺は下から見上げるようにしてアリッサの手をとり、部屋に引き込んだ。
夜の家はすっかりと静まりかえって大きな音は立てられない。アリッサはいつもの特注のメイド服ではなく、タイトな服に身を包んでいた。脇の膨らみからホリゾントスタイルでナイフを吊っているなと俺には分かった。
ゆっくりと扉を閉めると、うしろの方でパタパタと尻尾が振られはじめる。黒いつるつるした長い手袋が俺の手を握って、ぎゅっと引き寄せた。
ずっしりと重い胸が体に押し付けられる。
「た、ちょっ、まって」
ブラジャー等のパッドによる底上げを全く感じない。ゴムまりじゃない本物。俺は背骨にそって撫でられるようなゾクゾクした感触に身震いした。
アリッサは黒皮のコルセットのボタンを一個ずつ外していく。その間も俺から目を離さない。まるで獲物を前にした狼だ。
身をよじって抜け出そうとすると、ぐいっと体ごと持ち上げられ、耳元でくーんくんと言われた。
俺は、されるがままに受け入れ、やっと床に返される頃には体全身の匂いを嗅がれる始末だった。
「靴ができたから、試しばきしよ?」
「わお」
やっと落ち着きを取り戻したアリッサは姿勢を正した。
アリッサは指先についたソースを舐めとるように指をペロペロと舐めたあと、半開きの目で俺を見てくる。
「私、君のこと結構気に入ってる、いや相当」
彼女は捕食者としてのレベルが物凄く高い。前にもメイドさんにはお肉をもらったことがあったが、今日のタンの大きさから見て、単純に二倍の大きさだった。ちょっとガチの目はヤバイ。恋する。
「どうして、獲物をとるのが上手いのですか?」俺は聞いた。
「一晩中駆け回って一番美味しそうなの見つけて殺す」
「狩られる方からしたら恐怖ですね」
山を歩くのですら大変なことを俺は知っている。ちなみに山には道はない。登山じゃないのだから。それに獣道は相手に悟られるから歩くこともできない。道はないのだ。走れるわけない。だが走るという。身体的に明らかに上。よくもまあ、人間に捕まったものだ。
俺は話を戻す。「この靴が、力になれたら嬉しいのですが」
俺の手の中にはブーツがあった。最近の靴職人さん仕事が早い。早朝図面を投げて、夕方には製品ができていた。
「座って」
アリッサは恥ずかしそうに座って靴を脱いでいく。長い編み上げの紐靴は脱ぐのでさえ時間がかかっている。本当はサイドジッパーなどで楽をさせてあげたいのだけれど、ジッパーがこの世界無いのだった。服の前はすべてボタンどめである。もしかしたら軍事物資には含まれているかもしれない。そんなレベルだ。
俺はうやうやしく靴を履かせる。まるで、シンデレラにガラスの靴を履かせた王子さまみたいに。体がガキなので様にならないが。
思った通り、細い足にジャングルブーツの細いシルエットが良く似合う。ただ、本家のそれと違い、このブーツにはヒールがついていた。
それはどういうことか。女性は高いヒールの靴を履くとき、ほぼつま先立ちで体重を支えている。そのキツさは、足の形が変わってしまうほどで、実際そのために普通の生活がおくれなくなり病院に駆け込む女性も多い。綺麗というのは痛みを伴う物なのだ。
では、常につま先立ちで生活をしたい人にとってはどうか。その形状こそぴったりだと思った。
それと分からぬようにヒールはごつごつした靴底にするもの忘れない。なにしろ父は、人と同じ姿になることを強要する人なのだ。この形状が露呈すればむち打ちとかしそう。俺は、全力で阻止するし、この人を守るけど。それに他人から見てこのよさは分かるまい。
両足履いて立ってもらった。痛みはなさそうな感じ。この瞬間、彼女だけは、この靴がいびつな形をしている意味を理解した。喜んでもらえたのがピョンピョン跳ねる動作から分かる。かわいいね。同じ感動を味わったことのある俺はニヤニヤしてしまう。
「じゃあ、踵を打ち付けてみてください。こう、壁とか床に」
言葉が足りなかった。なんだかもったいなさそうにこつこつやるだけで、それではこの靴の本領が発揮できない。衝撃が足りないのだ。
めんどくさいので足をとって、ヒールを真横に引き抜いた。
なんとこれ、ヒールがとれるのです。
緊急時、そんなものがついていたら、重いだけで動きを阻害する。なので外せるようにしてあるのだ。これ!この機構!スゴいだろ!!! まるで、重りをとって本気を出すみたいでかっこいい。しかもヒールの内側には小物を隠せるようにスペースもある。
だが残念ながら、設計者の心意気が使用者に伝わることはほぼ、ない。
ただ、アリッサは違った。
可愛らしい頬を涙がつたう。
「ごめん嫌だった? あの一応、ロックできるし、それも嫌だったら縫い付けてもらうこともできるんだけど、それだと納期がまた明日になってしまうんですけど」
抱き締められた。もう、それだけでね、嬉しいんですよ。彼女は喜びを言葉ではなく体で表現する。ご飯3杯ですよ。あーチュウしたいな。良い女。見た目も良いのに中身も良い。
勿論、木製靴底は廃止。六本目の指も靴の外に出して上からなめし革で覆うことで一見不格好な靴に見えるように工夫した。そう、何も知らない人から見れば不格好に見えるのだ。子供の作ったものだからと笑われるだろう。だが、それで良い。
彼女だけがこの使いやすさを分かってくれればいのだ。当初よりそれが目的なのだ。
この靴は人間用ではない。奴隷用でもない。
アリッサちゃんという一人の女性のために作ったただひとつの靴なのだ。勿論、世界にこれ一つだけ。
よほどその靴を気に入ったアリッサちゃんは、家中をわざわざスカートをたくしあげて、メイドさん達に見せつけて回り、翌朝には山のように手紙が届いた。その内容は一人を特別扱いするのは許せないと言ったものから、靴は幾らから作ってもらえるかなど様々なご意見ご感想だった。
うれしい。流石大きいだけあって良い広告塔なのだった。
あとは実地テストも兼ねて狩に行きたい。これには心当たりがあった。