夢のような生活
大金持ちにありがちな巨大な食卓で俺は食事をとった。この家では家族が一堂に会して食事をすることは稀なようで、兄貴の顔はまだ全部知らない。昼には可愛いお兄ちゃんが1人いることを知った。
なんとその兄貴には猫耳が付いていたのである。猫耳で御座います。ええ。年齢は見た所10歳くらいだろうか。肉付きの薄い印象で、真っ白な服を首元までボタンを締め、細長い黒い尻尾が細身のパンツから生えていた。ツンとした生意気そうな表情の少年。そういうお兄ちゃん。
身体的特徴で言うと俺は負けていた。あの耳は女の子からモテるだろうから、俺は話しかけても相手にされない可能性が高い。でも触らせてもらいたい。ぜひとも仲良くしていきたい。何を隠そう俺は大変な猫好きなのである。猫のことなら体の隅々まで構造を理解している。
「仲良くなりたいな……」
俺は横に立つオーロラの手を取ってわざわざ聞こえるようにつぶやいてみた。
オーロラは、昨日知り合ったメイドさんで、背中に白い羽の生えたメイドさんだ。一番好き。見た目がいいというのもあるが、単純にいいにおいがするのだ。なんかこう、お日様に干したお布団みたいな匂いが。
子供の特権として、美しい女性の手を取っても犯罪にはならないというのがある。むしろ、周りの背景と相まって映画のワンシーンのようだった。オーロラは俺の手の甲を大事そうに親指で撫でた。俺の手は彼女の手にすっぽりと収まってしまうほどに小さい。兄貴と仲良くなりたいと思う俺の気持ちを汲み取って、手を撫でることで優しく応援してくれているのだった。
「ねえ、オーロラさんはご飯食べないんですか? 一緒に食べませんか?」
食卓には現在メインの肉料理が乗っている。残念ながらコース料理に疎いため、これがどんな調理なのか、何の肉なのか分からなかった。足がついているのでその蹄のサイズから推測するに兎か大きめのネズミと言ったところだろうか。
ちなみにすべての料理を食べきるまでに俺は小一時間近くかかってしまう。作法も何も分からないので父や兄の食事風景を見て真似しなければならなかったからだ。なんとしても気に入られたい一心で、俺はチビチビと食べ物を口に運んだが、食事が終わる頃には皆がもういなくなっていた。もしかしたら他の兄弟はそれが嫌で部屋で食べているのかもしれないな、と思った。
味は良いくらいなのだが、一人でとる食事は味気ない。
仕事をしているところ、申し訳なく思ったが食事相手が欲しかった。食事はできれば一人で食べてはいけないとテレビで見た気もする。仲のいい人と食べるから美味しいのだと。そして食事を同じ時にすることは関係性を保つのに一役買うとも言っていた。
後単純に、可愛い人と一緒に食べたい。良いじゃないかそれくらい。
俺は他のメイドの目を盗んで隣の椅子を引き、ナプキンを広げる。本当は兄弟が座る席だと思うがどうせ来ることはないだろうと思った。
オーロラは短時間の葛藤の後、恥ずかしそうに椅子に腰を下ろした。
勿論お肉を差し出す。まだ手を付けていない。そもそも足のついた肉なんて初めて見たから(毛皮まで少し残っている)ほんの少し引いていた。
食文化なのだろう。毛が残っている方が新鮮だと思われるのかもしれない。
オーロラがふーと息をつくと燭台の上で炎が少し揺らめいた。
この世界の夜は日本と少し違う。全体的に暗く、明かりと言えばもっぱらこの蝋燭の火がすべてだった。だから見える物は蝋燭の黄色い光で照らされた、嫌に艶めかしい女の表情だけ。
「お肉はお嫌いですか?」
「好きですよ。でも……」
俺は子供であることを良いことにめいいっぱい可愛い笑顔を作る。屈託の無い笑みだ。無垢な笑顔だ。これはずるい。
「一緒に食べましょう。その方がきっと美味しいですから」
オーロラは肉と骨を取り分けて、自分は骨ばかりの方を皿に残した。
それでは食べたことにならないので、俺は返された肉をさらに半分にしてオーロラにつき返す。
俺はあの可愛らしいお口で肉を咀嚼する姿が見たいのだ。さあ、早く食べなさい。
肉を食べるのを見届けるまで手を放さないぞと脅しのつもりで睨みつけて手を握った。
やっと食べ始めたところで自分も食事を再開する。たわいもない会話も忘れない。
今日はいい天気でしたねとか、風が少なくてよかったですねとか。
ずっと気になっていた羽にそっと触れてみた。決してエッチな意味ではなくて、これは研究、そう探求心だ。
あのですね、物凄く温かいのですね。羽の外側は硬い芯の入った傘みたいな感触だった。かなり強度があって、ギュッと押しても手が押し返されるような感じだ。その中に手をねじ込むと内側はフワフワ。まるで高級な羽毛布団みたいだった。これで枕を作ったらきっといい夢が見れそう……。怒られる前に手は引っ込めた。
勿論手はお日様の良い匂い。はーいいですねー。
わいろとしてデザートも差し上げる。俺は普通の5歳児とは違うので。
「女の子の体には簡単に触れてはいけません」
「はーい」
ばれてら。でもきつく叱られたわけではない。
思えばお父様の顔つきや、お兄様の顔つきを見れば、俺の顔もまあまあいいのではないかと思ってしまう所。所謂美少年である。
俺は大胆にもオーロラの膝の上に腰を下ろした。お膝抱っこというやつだ。
「あーんして?」
「まあ、可愛らしいこと」
あー彼女は今、自分の使っていたスプーンでゼリーのような、寒天のようなよく分からないデザートを救って俺の口に入れてくれる。
「美味しい!」
「良かったですね」
ニコニコ笑ってくれるのが嬉しい。調子に乗って抱き着いてもオーロラは投げ飛ばすことも無かった。好き。
「オーロラ好き!」
「まあ! でもご飯はちゃんと食べて大きくなりましょうね」
あーなんといい暮らしか。これが親ガチャSSランクか。こんな生活があってもいいのかね。
「オーロラ寒い」
「もう夜も遅いですから眠る準備をしましょうね」
「うん」
俺は食卓にいながら、うつらうつらと舟をこぎ、そっとオーロラの胸にしなだれかかるように眠ったふりをした。彼女の心臓の音が凄く早い。良い匂いが強くなる。安心して命を任せられる人だと一日で分かった。
分かってしまった。そのドクンドクンとした音が、ゆっくりと本物の眠りへと誘っていった。これが夢なら覚めなければいいのに。