靴できた
色々設計してきたけれど、靴は初めてだった。
幸いにも、この町には靴職人さんがいたので、その日の内にメイドさんが手紙を届けてくれた。ちなみに彼女らは自分の仕事を押してまで俺のわがままに付き合わせているので、全く申し訳ない限りである。俺が寝たあとに押した時間分の仕事をされていることを後から気がついた。ゴメン。
その靴職人というのは全くの職人気質で、昔ながらの手作りにこだわった方だった。日本で履いかれている靴の9割りは機械を用いた大量生産品であった。よっぽど金を出さないと手作りというのはお目にかかれない。オーダーメイドとなればその希少価値はさらに高くなる。
単純に技術的に難しいというのもあった。ゴムぞこを作るために一つ一つ金型を持っていなくてはいけないし、靴に使うなめし革は柔らかいものでないと使用者の足が負ける。そうとうな苦労をして靴はできるのだ。
だから、その職人がその日の内に会いに来るというのは俺にとって恐怖そのものだった。
前に図面は言語だといったがこれが通じない人間というのが、残念ながらいる。それは図面の書き方が悪いという場合もあるが、大抵は読む側にセンスがなくて完成形が想像できないために直接聞きに来るというもので、下手な対応をすれば道具で殴られる。多く用いられたのはスパナである。
魔法学校の校長先生みたいに長いアゴヒゲを生やしたおっさんは、俺が書いた図面を握りしめてやって来た。それで、目と目が合う至近距離まで詰めてくるので俺はオーロラの手をぎゅっとする。
単純に怖いからね。設計者には若ハゲが多い。怒られることもあるからね。
「お前がこれを書いたのか」
「へい」
どすの聞いた声に、俺は小さな声で答えた。声なんか出やしません。
「なんで、門外不出の型紙がかかれてる?」
彼が持ってきて、何度も指差しているのは部品図だった。それも、ウイングとかチップとか呼ばれる、革靴の補強とお洒落をかねた部品を示す図面である。
「いや、必要だと思ったから書いただけです。いらないなら使わないでいただければ」
実際要らない。飾り。
それを聞いて興味をなくしたのか、男は次の図面を手に取った。
「この、『ごむがなければ』とは?」
「気にいないでいただきたい」
いや、多分ないかなと思ったので、革靴のそこ板はゴムでは、なくなめし革の特に分厚いのでお願いしますと注釈をいれていた。
「この変な模様に切るのはなぜか?」
「滑り止めです」
靴底はゴムがないので全部皮でつくる。これには高い工作能力がいる。分かってて書いたので少し後ろめたさがあった。だがこうしないと柔らかい靴底、そして体重を分散させて足が痛くなくなるような構造の靴底はできない。
幸いにも、我々設計者は材料が手に入らないくらいで諦めたりしない。出来ないならば、手にはいる材料でどう実現するかを考える。
当時、世界的に見ても劣ったエンジンしかなかった時代に世界最強の零戦を作った堀越次郎さんみたいに。
彼は、飛行機の重さを極限まで軽くし、非力なエンジンで機体を引っ張ったのだ。それに比べればゴム底のかわりになめし革を使うのはあまりにも幼稚だ。
靴職人はむーんと押し黙って図面とにらめっこをしている。これは怒っているのではない。自分の力で作れるか考えてくださっているのだ。そして、職人気質の人は恐ろしくプライドが高い。
「他に作れそうな人はいますか?」
「俺がやる!」
こうなんですね。
まっすぐな人が好きです。こういう人は妥協を知らないことが多い。勝負に負けたくないのだ。
彼は、俺から喧嘩を売られたことになる。それは腕試しでもあり、これまでの人生を問われるようなことだったに違いない。何しろこの世界の靴は木でできているのだから。
次の日には靴ができていた。
全く図面通り。図面にそんな指示はなかったのに、靴はプラスチック出てきているみたいにピカピカ輝いていた。これはこの靴職人のプライドだ。履き潰す予定だなんて口が割けても言えんのです。
子供用の靴べらまで用意してもらって、俺は試着を行った。
すごい。つま先立ちがまずできるのだ。走るという行為の中で地面を蹴って前に進む動作があるが、これには爪先の稼働域が物を言う。俺はこれを、靴底に使われていた木の板を分割し、そこに皮を張り付けることで可能とした。
分厚い革は指で押すとゴムほどの弾力はなかった。残念ながらこれは素材の敗北だ。この靴職人のおっちゃんが悪かったわけではない。
「気に入りました。では納期を早めてもらった分ときれいにしてもらった分でこれくらいでどうでしょうか」
俺の提示金額は銀貨四枚。日本円にして四万二千円ほど。ぼったね。ごめんよ。でも最初から高い金額の提示はしてはいけないと言うことになっているんだ。設計者は良いものを作るのが仕事、その良いものとは値段が安いことが前提条件になってくる。そりゃ金かければ良いものなんて天井知らずですわ。でもそれをやったら良い技術者なんて育たないんです。ね!みんな安い方を買うでしょ!それが真実。
でも勿論、その技能に対するお金というのは弾みたいわけですよ。だから皮についての注文は一切いれていない。何でもよかった。豚でも牛でも馬でも、なんなら人間の皮でもね。だから材料費を押さえられたはずだ。
なぜか、靴職人は交渉さえせず、懐に銀貨四枚をしまって、大事そうに図面を丸めて帰ってしまう。図面は切られて穴だらけになっていた。図面を切ってそれに合わせて皮を切ったからだ。ん? なんで。 何でそれでオーケー? 納得するような値段だったか?
「オーロラ! 靴って普通いくら!?」
「え。分かりません。私奴隷ですよ」
「実は、俺も買ったことないんだ」
あとから分かったが、これは相場の1/3以下、それも普通は職人に良い仕事をしてもらおうと酒やつまみなど持っていくとのこと。誰か教えておくれよ。俺はまだ子供なんだからさ。
早速靴を履いて、お金を握りしめ差額を払いにいく。柔らかい靴は俺の6歳の足でも十分わかるほど歩きやすかった。
「おっちゃん金持ってきた!」
「帰れー! 子供から金をむしる趣味はない!」
実直な男よ。そういうのはポイント高いよ。帰りにおやつ持たせてくれたし。
「また頼んでも良いですか?」
「おう! 次はもっと難しいのにしろ!」
そのつもりだった。何しろ、他にもつくって差し上げたい人がいるのだ。足の形が変わっている人だ。
メイドさん達の羨ましい顔よ。みんな気がついているのだ。普通の靴は固いって。固いと豆になるって。それこそ、人間用の靴を無理矢理履かされて、足を押し込む痛さを、僕はまだ知らないのだ。
フフフ。今日は美人ケモメイドさんの足をとって型とりますよ~!!生足!生足!!
あのですね、女性に窮屈な思いをこれ以上させられますか? これはこういう話なのです。