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現実を変えるために

 部屋が寒いので、大体はメイドさんと座りながら、膝にお布団をかけて、小さな窓から差し込むまどろんだ太陽でぬくぬくと。お爺ちゃんみたいだね。

 悪くないよ。むしろ平穏で幸せだ。ここには電話もメールもないからね。メールという意味では手紙はあるが、それもすぐ返す必要はないとの事なので、暇なときにゆっくりと読めば良いのだ。


 が、問題がある。怠ければ、筋肉は小さくなり軟弱になる。軟弱だと戦えない。三代経れば、猪も豚になるのだ。

 だから、布団から抜け出してこのくそ寒い中を走るというのはなかなかに困難であった。難儀であった。だがそれをしなければならない。生き残るために。


 俺は革靴の靴紐を締め、5メートル走って分かった。これでは走れない。普通に走っているつもりなのに、地面の感触が凄まじいのだ。

 まるでそれは素足でアスファルトの上を走っているみたいだ。


 糞だ。どうなっているんだこの靴は。触ってみるとその革靴は靴底が木だった。木製だ。これじゃ走れない。それなのにお供に来たメイドさん達は平気な顔で走っていらっしゃるのである。

 つまりはこれが普通なのだ。


 よくやる。

 俺は嫌なので踵を返して部屋に。

 引きこもって紙と羽ペンを持つ。

 この世界の靴はゴミだ。この高給取りの家でこれなのだから、戦場で戦う兵士はもっと悲惨なことになっているだろう。思えば、つい最近来た

人々は裸足だった。


 えええええ。


 幸いにも、俺は前世で設計者だった。設計者とは図面を書くことを仕事としている人のこと。図面とは、つまりは設計図のことだ。我々は図面を介して過去のありとあらゆる物の作り方を知り、そして利用する。

 これは日本語や英語などの言語に近い。

 俺達は図面という言葉を使うタイプの人間なのだ。これが過労の原因でしかも、生涯をとして愛した仕事。


 ドイツ人が書いた図面を日本人である俺は読むことができる。勿論ドイツ語は話すこともできない。80年以上前に書かれた戦艦の図面を俺は読むことができた。飛行機の翼の断面でさえ読むことができ、戦国時代の城までありありと見ることができる。我々技術者は時代も人種も越えて繋がっており、その図面という言語は、今着ている服も、住んでいる家も、歩いている道でさえ形作る上で無くてはならない物なのだ。物の魂と言い替えても良い。


 ただし、インチという忌まわしき(そういっては失礼だが本当にそれで人が死ぬ事故が起きている)文化と、ほとんどの人が使うmmの文化、重さの単位にも気を付けなくてはいけない。

 この世界の単位がわからないので大きさは尺度1/1サイズでの図面を書かねばならないだろう。幸いにも、靴には複雑な回転機工も残留応力の計算も必要ない。一日もかからん。簡単な仕事だ。


 問題は、普段使っているcadが無いことだった。cadとは設計用のソフトで、クリックひとつでまっすぐな直線を引くことができる代物だ。これができてから我々の仕事の早さは格段に早くなったと言われている。が、パソコン自体ないので手書きで書かなくちゃいけない。

 学校ではずっと手書きだったし、基本的にはお絵描きなのでそれはそれで良い。もともと美術系と工学系で迷っていたくらいだならな。時間はかかるが時間はいくらでもあった。

 先ずは3面図から書く。3面図とは、上から見た図、前、横側面からの合計三枚の図を一つの図面の中に書いたものだ。これを一時間で書いて、つぎに靴を構成する部品の図面を書いているときにメイドさん達に見つかった。


「まあ!! お絵描き上手ですねぇ! えっ……?」

 オーロラは右下を見つめていた。


 図面の右下には、図面に書かれている物の尺度と、誰が書いたのかと、予測される完成品の重さを書いた。これは図面を書くルールに従ったものだった。これは、(のち)の世で次の技術者が参考にできるように、そしてこの図面を見た技能者(この場合は靴職人)さんが、間違わないように書いたものだ。


 俺はいつもの仕事の癖で前世での名前を書いていた。



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