甘美なる死よ
死をつかさどる神、サリンは、その巨大な翼を広げて大きく頭を下げた。
「この世に生み落としてくれてどうもありがとう。父さん」
俺はセックス無しで子供を作ってしまったのだった。
しかも物凄い子で、ここにいる十数人の命を吸ってもまだ満足しなかった。
空を飛ぶ鳥も、虫も、木々でさえ枯れさせ、まるでその様は親に褒めて欲しい子供のようだった。事実身長も150に満たず、あどけない笑顔は、少年を思わせた。
俺が生み出した死は、瞬く間にこの世界に知り渡り、本物の神様が天から降りてきたほどだった。
神は、黄金に輝く三俣の槍を携え、頭には光の輪を、顔には冷たい微笑を浮かべて俺を見降ろす。
地面に足を下ろさないのは、自ら生み出した世界が汚れている物と考えているからに他ならない。
「そのように力を使ってはいけない。バカ息子よ」
思えば、本当の父さんは誰なのだろうという疑問があった。育ての父には男性器が無い。性別は女なのだ。だから彼は好んで女性奴隷をそばに置いていた。
父は本当は母で、本当の父が俺には別にいる。
まあ、間違いなく神様なのだろうけれど、その姿を見たのは初めてだった。
異世界の神様は、老人ではなく、筋肉ムキムキの好青年の姿だった。
俺は、自らもその血を受け継ぐ半神として言わせてもらうが、姿は自由なため、彼が望んでその姿になったと言わざるを得なかった。
「息子よ。お前は権利を得たのだ」
「話しかけないでいただけますでしょうか。これから人間を全員滅ぼしに行きますので」
「私の最高傑作に触れることは許さない」
黄金の槍を持ち上げたその時、死が彼の腕を包んだ。
真っ黒に変色した腕は、一瞬にして全身に広がり、口から泡が噴き出る。
死に際必死に唱えた魔法も全く効果が無かった。
それもそのはずで、サリンはこの世界の理から外れた存在だった。科学で生み出された猛毒。その構造を知らなければ、魔法での治癒は効かない。そもそもあれは細胞分裂を促進する物であって、根本治療とは異なる道具なのだ。
癌細胞に魔法をかければ、癌は巨大に膨れ上がる。
それは腐っているわけでも、傷ついているわけでもない。本来あってはならない部分に’正常な’細胞が生まれることで生命を脅かす病気なのだ。
魔法使いは総じてこの病に侵されていた。原因は魔法。魔法そのものが放射能を持った触媒だった。彼らの遺伝子は破損し、また、本来くっ付いていないはずの物が癒着し、本来あるはずの体の設計図、DNAが徐々に書き換わっていた。それゆえの醜き姿。
ああ、神は何と残酷な道具を与えたもうたのだ。
それを知らなければ治療できないように、いくら必死になってもこの科学の申し子をより分けられない限り、人は死ぬ。
「死よ。人間を滅ぼせ」
「はい、父上」
死は7日間で全ての人間を殺し、戻ってきた。最後に残った人間の所に。
「さあ、父君。最後の旅路へ」
ああ甘美なる死よ。わが身に来たれ。
「よくやった。いいこだ」
抱き着かれ、視界がゆっくりと黒く染まっていった。
最後は奴隷達に見送られ、僕の人生は終わった。