A5ランク
奴隷の前に肉が運ばれてきた。二人の獣は喜々として手を伸ばした。三日間碌な食べ物を食べていなかったので、我慢できなかった。オーロラの手は肉から伸びた骨に触れた。
瞬間、人間の骨だと分かった。豚の物に似ているが、それを見たことのある人間には違いは明確だった。
そこからは迅速だった。オーロラは白い手袋を付けると、給仕の青年の手首を握った。その手は幾分か大きくなった気もする。良く知った手だった。
彼女の感情を表すように大きな翼が開く。数本の羽が小さく舞った。
「坊ちゃん。随分探しました」
「またまた、オーロラが本気になれば僕を探すなんて造作もないだろうに」
「まあ、嬉しいことを言ってくださいますね」
「それで、学校の方は……」
「うん。行ってない。この国の軍事を学ぶには良いだろうけれど、随分下等な考えを持つ人がいるようで、僕にはつらいんだ」
少年は用意していた言葉を顔色一つ変えずに言った。学校は嫌いだった。彼にとって学校は、様々な形を持って生まれた歯車の角を落とし、叩き潰して一様な形状を作るための工場だった。
「この肉は何ですか?」
「ああ、それ、ただの肉だよ。和牛みたいな」
「食わないなら貰うぞ」
狼メイドは、自分の分の肉を食べきって、ガリガリと骨まで噛み砕いていた。中の液体も飲むつもりなのだ。人間と違って顎の力も強い。彼女は手加減して普段生きている。
「ダメです。私が食べます」
「さあ、温かいうちに」
「あの肉から坊ちゃんの匂いがするんですが、それは何故ですか」
「あれ? 君は鳥だから鼻があまり良くないと思ったのだけれど、随分早く気が付かれちゃったね」
「何年一緒にいると思っているんですか」
「そうだね。随分お世話になった……。その通り、あれは俺の腕だよ」
聞いてからオーロラは肉を小さく噛んで引きちぎるように食べた。長時間煮込まれ、柔らかくなった皮膚が伸びてちぎれる。
唇を油が染めてルージュのように光り輝いた。口にしたのはA5ランクの和牛だ。この世界には存在に無い肉。越えた日本人の舌を楽しませるために産まれた品種だ。
「うま」
ルールでガチガチに縛られたメイドから久しぶりに聞いた言葉だった。もしかしたら初めてだったかもしれない。
その様子を見て、ワンコの少女は機嫌を悪くした。イリスの首元まで顔を近づけて囁く。
「あこいつら何? オーロラって何?」
「ん。うちのメイドさん」
「こいつら人殺してる。緊張した匂いがする。それにあんたになれなれしい」
「その、匂いは俺からもするかい?」
「……する」
グラウンドゼロって感じだった。爆心地。あるいは地雷原。イリスはその中でスキップする。感情は彼に足かせをはめない。
「ロケットの設計図ができたよ」
「では、工員はどちらを使いますか?」
「全員。早く完成させたいし、できれば年明けに打上げしたいので、秘書さんに言ってもらえますか? あ、秘書はいないんだった」
「優秀なのを存じております。ご紹介しましょうか?」
「顔や体で売っていない人を頼むよ」
狼メイドはしばらく手を舐めていた。掃除が終わるとイリスの襟をつかんで持ち上げ、子供にするように膝に乗せた。
「ちょっと他の人の目があるでしょ」
「お前がどっか行くから持ってないと心配だ」
食卓に暫く笑いが漏れた。