捜索隊
イリスが見つかるまで何ヶ月もの月日が流れていた。探しに出た人間達は巨大な狼を探していたから、見つからなかったのも無理はない。
奴隷達がたどり着いた村は、辛うじて村の形を保っているような小さな集落だった。太陽は高く、空が広い。高い建物などどこにもなく、食品を扱う店すら無いという辺鄙なところだった。
草原を思い出す、干し草と獣の臭いが村の大半を占めている。
「本当にこんなところに坊っちゃんが?」
メイドの格好をした奴隷は靴を泥にとられながら聞いた。
「間違いない。あの、バカ。血を流してる」
答えになっていない。まるでそれは血の匂いを知っているかのような言いぶりだった。
奴隷はそれぞれに得意なことがある。狼や猛禽の形を持つものは獲物を追いかけることに特化している。勿論それは獲物を食べるためにだが、その能力を追跡に使って彼を見つけていた。
「ところで、この村の奴隷に対する扱いはどうかしら?」
「聞くまでもないでしょ」と狼の亜人種奴隷は言う。
「どこだって人間達は同じ扱いをする」
嫌なことだと思った。今回の捜索ですら人間達は奴隷を使いたがらなかった。事件を大きくしたくなかったと言うこともあるが、人間の手で探したかったのだ。人間は人間こそがもっとも優れた種族であり、神々が自分の似姿として産み出したと主張している。その結果数ヵ月もの間、一人の青年に不自由を強いた。
さらに奴隷は家を一軒一軒まわるために数時間を要した。何故かどの家からも彼の匂いがするのだった。流石の奴隷たちも口数が減る。どう言うことだろうか。
教えられた先は、小さな小屋だった。
お屋敷のトイレの方がこれよりも遥かに大きい。小屋は森で拾ってきた木を紐で縛って作ったと言う有り様で、屋根には草が生え、壁からは太ったネズミが出入りしているような建家だった。坊っちゃんのイメージから、この村でもっとも裕福な家でも買い上げているかと思ったのに、実際はこんな粗末な家にいたのを知った奴隷達は背筋が凍る思いをした。
狼奴隷を見ると鼻をヒクヒクとさせ、匂いを嗅いで顔をしかめた。
私は鍵のかかっていないドアを押し開いたが、中から人の気配が無かった。
腰を曲げて中に入るとすぐに強烈な血の匂いが鼻をついた。『何人』もここで殺されている。それほど強い生臭さと、床に転がったノコギリや鉈にドキリとした。
その刃に人の髪の毛や肉片がこびりついていたのだった。
向かいの家のドアが開いて、中から誰かが手招きしている。
用心して入ると、家の中はまるで偽物のようだった。あるべき所に物がある。それは一見普通だが、どこにも汚れが無いことが異常だった。どれも今さっき買ってきたもののように綺麗で、通された客間から見えた厨房の刃物すら輝いていた。
それなのに、それなのに、だ。鼻をくすぐるのは嗅いだこともないような良い匂いだった。香辛料のような匂いと、強烈な甘い匂いがしている。料理をしている。なのに道具は綺麗だった。
部屋の主は、長い髪の毛で目が見えないほど髪が延びた少女だった。人を観察するようにピクピクと頭の上で犬耳が動く。実に落ち着きがない。
狼は改めて訪問目的を告げる。雇用主を引き取りに来たこと。その方はこんなところに生活しているべきでないことを伝えた。
その間少女は二人の奴隷をじろじろと観察し、鼻をヒクヒクさせて値踏みをした。部屋の異様な雰囲気も合間って嫌な汗をかく。
「今さら何のご用ですか」
少女はハキハキとしゃべった。
「話した通りだ。弾みと事故でな、大切な人が道に迷ってしまった。幸いにも生きていたことが分かったから連れ戻しに来た」
再び少女は二人の顔をじろじろと見た。
「あのな」と狼奴隷は口を開いた。「お前があれを知っているのは分かってる。匂いを消したつもりだろう? あまいな。こんなに掃除したら何か隠したいものがあるって事だろうが」
「ええ知ってる」少女は被せるように言った。「彼は神様なの」
は?と思った。
「あの方は人の姿をした神様よ。私から、いえ、この村から取り上げるなら、貴女方を説得しなくてはならないわ」
ガンと机の下で獣用のブーツが踏み鳴らされる。それを戒めるように猛禽は太股をつついた。
「それはどう言うことかしらね?」
「どういうこと? 決まっているでしょう。神様はここを気に入っている」
「そんなわけ無いわ。あの人が私を忘れるはずがないもの」
「人間は私を檻に閉じ込めて糞尿にまみれた飯を与え、仲間が死んでも死骸が放置した。そのなかで救ってくれたのはあの人だけだ。あの人が私を好いたから救ってくれたのだ」
「それはあんたの感情だ。気を付けろ。あいつはみんなにそうするんだ」
「どういう意味ですか?」
私は狼の耳をつねって黙れと言った。しかしこの筋肉バカは全く人の話を聞かない。そもそも誰の指図も受けない。
「あいつが愛しているのは私だけだ」
少女はあんぐりと口を開いた。
「あなた何を勉強してきたの?人間が愛するのは人間なのよ。奴隷の私たちはそのおこぼれにあずかるだけ。一晩の夢のために一生を捧げるの。それって何て素敵なことだと思わない?」
「おまえ、あいつがそのためにお前に優しくしていると思っているのか?」
「違うって言うの?」
「愛がほしいなら男でも買うことだな。あれはな、そういう次元に生きてないんだ。あの価値をわかっていないバカどもばかりで笑いが止まらんよ。あれはな、本気で奴隷も人間も隔たりなく愛する男なんだ」