TNT
「神様はどの神様なんですか?」
眠い目を擦るイリスに奴隷たちは質問した。
奴隷たちが知っている神様は沢山いる。信仰は奴隷が持っていい唯一のものだった。辛い現実を直視しなければならないとき、祈りだけが救いだったのだ。
祈って救われる事を目的としない、もちろん救われればいいと彼らも思っているが、誰かに寄りかかることこそが奴隷たちには必要だったため、そのために沢山の神様が生まれた。
お腹を満たしてくれる神様や、恋愛の神様、中には人殺しの神様までいる。
奴隷達が何を望むのかは彼らだけの秘密だ。その小さな自由は彼らのささやかな楽しみであり、心の拠り所でもある。
イリスは答えに困った。何と答えたらいいのだろう。自分から神を名乗ったことは、覚えている限りない。もしかしたら興奮状態で何か口走ったも知れないが、覚えていない。
「ぼくは、人間だよ」
奴隷達はその答えを聞いて顔を見合わせ、正体を明かさないのは、その力が強すぎるゆえだと考えた。
そして、もっとも古株の奴隷を呼びに行き、話をさせることにした。
「太古の昔より、この地を作った神ならば、その体を土へと変えることができるはず」
「へー。そうなんですかー」
対するイリスは中身が日本人なので全然興味がなかった。生きてるときは無宗教だが、年末はクリスマスを楽しみ、年始には初詣に行く宗教大好き国家に生きながら、死ぬ瞬間に仏教に落ち着くという人が大多数の国なのだ。そもそもクリスマスにどんな意味があるのかも分かっていない。精々プレゼントを貰えるぐらいの認識、なのだった。
「俺だって、神様なら何の神様か知りたいですよ。ですがね、そんなことはないはずです。何しろ父は人間ですから」
ちょっと変わっていると付け加えた方が良かったかとも思った。狼男の父だ。
「その父と血は繋がっているのか? 何か特別な事は起きなかったか? 誰もなしえないことをしたことは?」
イリスは思い当たる節がありすぎたが、設計は日本にあるもので、それをそのまま持ち込んでいるだけである。だから特段すごい能力ではない。
ああ、そう言えば。
「魔法が異常につよい。でもなんだか、体が変になる」
「神は、思うだけで自由自在じゃ」と婆さんは笑った。バカにされているような気がする。
「じゃあなんですか。ぼくが、『俺はTNTだっ!』って信じたらそうなると?」
違和感があった。指先の感覚がおかしい。通常指の先端まであるはずの感覚が、スーっと内側に吸い込まれるような感じがした。
右手の感覚は既になかった。
左手で右手をつかむと、グニュリと柔らかな粘土のように形を変え、ぼとりと千切れた指が地面に転がった。
ごくりと生唾を飲む。
俺はTNTだ。
TNT。正式名称トリニトロトルエンは、高性能軍用爆薬である。衝撃に対して鈍感である故に、ありとあらゆる戦術兵器の弾頭となった。
今千切れた腕ひとつでこの建物、入っている人間、これら全て灰にできるほどである。
例えばだ、例えば、俺の吐く息はマスタードガス。さあどうなるか? 破壊の神が降臨する。