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静かなる池のほとりに

 試験会場に大きな黒い狼が現れた。

 体高3メートル、体重400㎏。さらに後ろ足で立つと背丈は倍になった。

 狼は警戒するように回りをにらみ、足元に落ちていた人間をつかむと片腕で軽々と持ち上げて地面に叩きつける。

 ぐしゃり、と頭蓋骨がひしゃげて眼球が飛び出した。潰れた灰色の脳みそが鼻からもれ、その人間は生命活動を止めている。しかし狼は止まらない。さらに三度地面に叩きつけたところで人間の足がゴムのように延び、千切れた。


「ば、化物め!」


 別の教官は腹に向かって弓を射た。

 狼はわざと効いているような動作を装って地面にうずくまる。手を枕にして足を丸め、ちょうど赤子が母のお腹の中で寝ている体勢だ。

「なんだ……こいつ。どこから現れた?」

 そう言いながら人間達は手にナイフをもってにじりよった。

 彼らの行動は間違っていない。弓で動物を仕留める際には、必ずとどめが必要になる。槍、あるいはナイフ等の鋭利な刃物で心臓を突き刺して殺すのだ。そのためには近づかねばならない。

 ――狼はその瞬間を待っていた。


 狼は一番近くの男の足を掬い上げると頭に噛みついた。予想外の攻撃に防御が遅れる。ノコギリのように並んだ牙は頸動脈をとらえていた。


「ぐぼっ」


 そのまま上半身を丸飲みにしようと頭を押し付けたが、人間の肩が邪魔をして入らない。ちょうど口角の辺りに当たる形となった。

 なんとか逃れようと暴れる人間の足がバタバタと空を切る。

 ガフリと噛みつくと、力の抜けた足を血がつたった。

 

 戦いはいつだってシンプルだ。弱いやつは喰われる。

 

「殺せ!」人間は刀を手に切りかかる。

 しかし、狼となったことで鋭敏になった動体視力でなんのことはなく避けられる。

 狼は横薙の一撃をかわし、人間の足を噛んで引きずった。

 狼はそのまま遠くに見える山まで走った。走る途中、なんだか荷物が軽くなったような気がした。一度休憩をすると、捕虜としてつれてきたはずの人間が死んでいる。

 丁度へその辺りまではあるのだが、そこから先は飛び出た内蔵がわずかばかり引きずっていただけで跡形もなくなっていた。


 これは困ったことになった。人間達は仲間を助けようと追ってくるだろう。その時に既に死んでいたのと助けられたのでは話が全く違う。少年は静かな森の中で頭を捻った。


 どうするのが適切だろうか。遺体は山に埋めてしまえば見つかる危険は少ない。山の動物たちが掘り起こして食べため白骨しか残らない。この世界には骨や残留物からDNAを取り出して個人を特定する技術はないため個人が特定できない。


 一方で魔法は進んでおり、その実力は未知数だった。もしかしたら跡をつけられるかもしれない。


 少年は意識して足跡の残りやすい川辺のぬかるみや柔らかな土の上を避けて歩いてきた。しかし、削れて肉となった遺体が転々と山の中に落ちていた。

 ちょうど指先ほどの小さな肉片である。

 良く良く見れば、体は血まみれで、真っ黒だった。


「うう。気持ち悪い」


 狼の鋭敏な耳は水の音を聞き分けることもできた。血の臭いで分からないが実際には水の臭いもするのかもしれない。

 音を追いかけてたどり着いたのは山の中腹にある池だった。回りを木々に囲まれ、小川から水が入ってきている。幾重にも重なりあった黄色や赤の落ち葉は、とても自然のものとは思えぬほどに鮮やかだ。

 美しく澄んだ池の水に狼の姿が反射する。ぽつり、と垂れた血液が黒いクラゲのように広がる。

 少年は水に顔を突っ込みガブガブと水を飲んだ。走ったことによる渇きよりは、食事をしたことによるものが大きい。巨大な白い牙には人間の黒い髪の毛が巻き付いてとぐろを巻いている。


 その姿を水面から目だけを浮かせて見ているものがあった。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 妖精? それとも魔物? 所謂奥の手がある主人公。まあ……此方が本当と言えるのですが。 中々にアレが学校。寧ろここに来るよりも、館の中のまだ"手付かずの開かずの間"を開けたいわ。
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