冷たい首
館のメイドを勤める奴隷達は、総出で廊下に集まり一晩中少年の起床を待っていました。もはや少年は一晩の内に名前を知らぬものはいないというほど有名人になっていたのです。
その目には、愛する家族との別れを悲しむ亡き者達の姿が、そしてその耳には、助けを求める人々の声が聞こえているに違いないと私のなかでは興奮の渦です。
既に坊っちゃんは一晩で50人以上の人を救っておいででした。はじめて魔法を使った日にです。
正に神様の領域に住んでいる人です。私達は、顔を見ることも憚られるような、そんな雰囲気でじっと待っていました。
ドアが開くとそこには少年がいました。坊っちゃんはまだ6歳になったばかりです。体は小さく、とても死んだ人を甦らせたような雰囲気はありませんでした。
ただ、その手のなかに、どこで見つけてきたのか切り落とされたはずの鶏の首をもっておいででした。
「体はどこですか」
「そ、それよりも、お食事の用意ができています」
「体はどこですか!」
私達は、言葉を失って固まってしまいました。
烈火のように怒られたのです。たかが家畜のために。
これは強い衝撃でした。奴隷のなかには涙を流すものもおります。
それは嬉し泣きです。
奴隷は、人間以下でした。それこそ、物や、家畜と同じように買われ、ご飯は机で食べることも禁止されているのです。
トイレも主人とは別です。殴られても文句は言えません。そう言うものなのです。
この人は、鶏の命さえも心配されていたのです。それと同等価値しかない奴隷の命も同じように思ってくださる筈です。
どんなに優しいことでしょうか。
いったいどんな育ち方をすればそうなるのでしょうか。
我々は頭を深々と下げて廊下の両脇へと避けました。この人ならば自分達を救ってくださる。そういう気持ちがありました。
「ぜひ、鶏さんの体を探すのをお手伝いさせてください。そしてできるならば、我々もその暖かき胸に抱いていただきたく……」
「……これはそういうのではないのです。僕はただの人間です」
人間は悪魔です。同族を殺し、その血で汚れても戦争をやめず、今も生臭い血は流れ続けています。それは死神がするような所業ではありませんか。
私には、この可愛らしい少年が、それと同じ生き物とは到底思えませんでした。
この家にこの方がいるのにはなにか意味があるのです。
そして私達がこの奇跡に居合わせたことも意味があるに違いません。私達は、必死に鶏を探しました。