イカロスの翼
「ここまで来るのは構わないが、これより先に人が踏み入れることはできない」
そんなことを目玉は言った。
なんだてめぇ。人間舐めているのか。たかだか高度3000メートルがなんじゃい。そんなに雲の上に住んでいるのは偉いのか。
「ここは神様の住むところかもしれませんが、世界の広さをご存じないようだ」
「……知ったような口を」
「そうですね……2年。2年であなた方の遥か上を行きましょう」
我が父上は帰る飛行船の中で一言も口を利かなかった。金をかけた飛行船がもはや時代遅れと知ってさぞや悲しいのだろう。
それにしても神様というのは物好きなものだ。空気の薄く、植物も何もない低空に居住を構えるのはどういうことなのか。
それこそ、南方の島国でも陣取って悠々自適に暮らせば良いように思うのだが……。
ふと、そもそもそういう場所に住まないのは、食事が必要ないからなのではないかと思った。
あるいは、そこでなければならない何らかの事情を持っている。
それが、地上が汚らわしいからという理由だと簡単で良いのだが物語はそう単純ではないだろう。
地上に戻るほんの少し前にあそこで見たことは他言無用のお触れが出た。
父はすでに大々的な広告と、数千人にも及ぶ見物人、新聞社などを呼び寄せて今回の初飛行を行ったため、非行は失敗だったと告げる他なかった。
誰一人として失った人員もなく、船体に傷もない。それゆえに記者は父を取り囲んだが、答える言葉がなかった。
成功したと言えば、次は輸送が始まってしまう。そうなるとまた神様の領域を通らねばならず、これを恐れた結果だった。
一号機は燃えた。原因はエンジンからの出火。と、いうことになっている。現物はもちろん無事で、ハンガーに格納されているのだが。
俺はもう悔しくて悔しくてロケットの設計を始めた。
ロケット。そう聞くと宇宙飛行士を宇宙へと送る乗り物というイメージが強いが、その実際は異なることに使われている。
それは人工衛星の打ち上げである。
古今東西様々な国と地域が打ち上げた結果、現代日本を取り巻く宇宙というのは実に狭いものとなっている。
というのも、地球の軌道上を旋回できる道というのが決まっていて、そこには定員がある。各国は軍事用の衛星に加え、気象用、実験用、そしてgps用に多くの衛星を使用している。
だが現在この世界では空は自由だ。
神々の言う領域とやらが3000メートルに対して衛生の必要高度は36000キロメートル。10倍以上高く、肉眼で視認する方法はほぼない。理論上一機上げれば、地球の1/4を常に監視することができる。これこぞハイテクノロジー。
問題は固形燃料か、液体燃料か。
「液体燃料ってなんですか?」
「あ、口に出てましたか?」
「液体燃料ってなんですか?」
「液体、つまり液体を化学反応させてその圧力で空を飛ぶんです。極度に冷却した酸素と水素。この二つは既にご存じですね?」
なにしろ水素は飛行船の主な浮力を担っていた。
問題はマイナス145℃?ぐらいまでどうやって冷却するのかと、その極低温に耐えられる金属はあるのかということであった。
■
耳をつんざくような高音がベスの機関室で響いていた。
それは蒸気機関による強制的な圧力上昇で真っ赤に焼けたシリンジが上げた悲鳴の音だった。
高温高圧の蒸気を一気に解放すると回りの温度を奪って凍りつく。それを核の炎を使って無理矢理、超高圧域へと引き上げた。
どうなったか。通常、水に濡れたような気体としてガラス窓で確認できた蒸気は、カラカラの気体となって現れた。
圧力計は振り切り、役目を果たしていない。ドワーフの技術で作られた合金は4000℃の温度にも耐えるという。それが真っ赤に焼けていた。
触りたくない。これは事実上の爆弾である。