翼のある番人
空の上は静寂が支配していた。
高度計は2000メートルを指し、テストが順調に進んでいることを示している。この高度は雲の世界だった。真っ白な雲がガラス窓を覆ってしまい、景色が全く見えない。
ねっとりと粘度の高い雲は、思えば不思議な雲だった。わざわざ快晴の日を待ってこの試験を行ったはずであるのに。いつのまにかこの名もない船を包んでいた。
ゆっくりと持ち上がる機体はついに雲を突き抜ける。
その顎が外れるような絶景に現地の方々は一様に息を飲んだ。
「こ、ここは天国か……?」
「父さん。残念ながら雲の上に天国はございません。」
「そうなのか。俺はてっきり……いや、よそう。こんなにも美しいのか……一生に一度、いや一度だってみれやしないぞ」
雲の上は快晴だった。
どこまでも続く雲海が青い空と溶け合い、不気味なほど静かだった。真っ白な雲海は綿で出来たカーペットのようであり、何人もがそれに触れられないことを酷く悔しがった。
「ひゃあああ!!」
どこからともなく悲鳴が聞こえた。よくよく聞けばそれは飛行船の外から聞こえるようだ。
現在高度2500メートルだぞ。誰かいるはずがない。ならば船体に当たった風が鳴いただけだ。
パケ部族達はその勇ましさの象徴でもある槍を持って震えていた。今しがた空中を何かが横切ったのだ。あまりにもその恐ろしいその姿に戦う気力を根こそぎ奪われていた。
窓ガラスに渡り鳥が当たり、耳を塞ぎたくなるような音をたてて粉になる。ガラスに張り付いた胴体から真っ赤な内蔵がでろりと零れ落ちてガラスを伝った。
その鳥が飛んできた方向、この船の右後方から水が沸騰するように雲が泡立ち、下方向に吸い込まれるようにして何かが姿を表した。
それは人間の上半身のようだった。大理石で出来たように白い体は首から上がなく、その代わりに胸元に顔が埋まっている。その顔は本来あるべき顔ではなく、巨大な一つの目玉がギョロギョロと回りを見渡している。鼻も口もなく、ただ巨大な目がこちらを見ているのだった。
その巨体を支えるのは6対もの翼で、不気味なことに所々肉がはみ出てしまっている。
まるで車に跳ねられた烏のようにウジがわき、ゆっくりと羽ばたく度にぼとぼとと落ちているのだった。