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肉食うもの

 少年が全く口を開かないので、しかたなく人間に戻ることにした。


 狼のほうが生きやすいが、これは完全なる善意である。


 狼だとみんなが言うことを聞いてくれて助かるのだが。人は見た目ではないと言うが、実のところ見た目が9割りほどであり、ドワーフですら、こちらの要求を飲んだほどだったのだ。


 裏を返せばそれほどまでに人語を話す巨大な狼というのは怖いのだった。


 ガキが見ていいやつじゃないよね。


 吐き気が込み上げるのをグッと我慢して人の姿に戻った俺を見て、少年は目を丸くした。


「え?」

「はい。話してもいいよ。ぼくは危険じゃないよ」


 見た目はね。実際には何も共感できなくて今ここで誰か殺されても悲しくはない。怒り……はするかもしれないが、その状況におかれたことがないため分からない。少なくとも日本で親が死んだときは、涙のひとつも出やしなかった。


 目の前のやせ形の少年は店の奥にいって鍋をとって帰ってきた。

 なんのことはない。黒ずんだ寸胴鍋で、中になにか入っているのか時おりチャプンと水の跳ねる音がした。


 ヤセはその中に手を突っ込むと、どろどろにとけた手を引きずり出した。

 彼の手が溶けたのではない。彼と同じくらいの大きさの手がトロトロに煮込まれて骨まででていた。


 俺はいい具合に調理されてるなー等と思った。別に驚くことではない。軒先ではふつうに腹をかっぱざかれた人が売りに出されている。子供が多いのは肉が柔らかいからなのか、はたまた抵抗しないからなのか分からないが、いい感じにお肉になっていた。


 マグロの解体ショーみたいなものよ。テレビであれ放映するでしょ? 生首切って骨をゴリコリッてやって真っ赤な刺身を作るやつ。あれね、あれ。


 あれがどうして規制されないのか俺にはぜんぜん分からんのだった。牛や豚をかっぱざくのも流せばいいのに。別におんなじだから。血も赤いし痛いと鳴くし暴れる。


 そんなこと思っているとは思わないガリくんは、その足を大事そうに抱えて持ってくるのだった。


 俺の前に。それはもう、美味しそうな匂いをしてしまっているため、遺体というよりは、その肉を目の前に出された俺は固まった。



 彼が泣き、口元は笑っていたからだ。


 俺には先天的な問題があって、他人の感情に疎い。それはもう鈍感と言うレベルではなく、強い感情以外は感じられない。そのため、社会で生きるために人の表情から感情を読み取ることを自分で習得した俺だったが、その中に泣き笑いという微妙なものは入っていなかった。



 勿論、めちゃくちゃ楽しくて泣くのと、めちゃくちゃ悲しくてふっきれて笑ってしまうという状況が普通の人にあることは分かる。でも、目の前のガリくんが、どっちでその表情を作っているのか分からなかった。



 で、俺は前者だと思って笑ってしまった。楽しいときに一緒に笑うっていうのは集団のなかでのコミュニケーションとして大切な行動である。

 しかし、笑うべきでない場面で笑うとどうなるか。



 それはもう、化け物な訳で。


 なんなら俺は、お仕事用の子役もビックリの満面笑みを浮かべたわけである。


 ガリくんは、足を抱えて泣き崩れた。



 だれか。タスケテ。


 ごめんよ。俺には感情がわからないからさ。口で言うのは簡単なのだけれど、ごめん!俺!君の心土足で踏み荒らすわ!悪気はないんや!とか言われてハイそうですかと言われた試しがなかった。



 むしろ、余計に泣かれる。


 その時だった。


 店の奥からコックとおぼしき頭に白帽を被ったドワーフがやってきてガリくんの背中を蹴りあげた。


「なに豚のくせに逃げてんだよ!」


 この男は何が起きたかを知らないらしい。

 蹴られたガリくんの背中は靴の形に凹んでいるのではないかと思うほどくの字に曲がっていた。


 さらに悪いことに、その手の中から料理の手が出てきたわけだ。


「おまえ!食い物盗んだな!!ただで済むと思うなよ!客が少なかったから肉にされなかっただけのくせに調子に乗りやがって!」




 髪の毛を捕まれて天井を向かされるガリくん。ああ、その青白い首筋に欠陥が浮かんでいる。大きく動く喉がひくひくとわずかに息を吸い込んで死を覚悟したようだった。


 コックは腰からナイフをすらりと抜くと、ガリの首筋にあて、これ見よがしにその鋭い切っ先をつんつんと首に食い込ませた。


 白い首を赤い滴が滴る。


「その肉はお前の彼女かぁ? それとも、妹だったのかぁ? 残念だったなぁ。みーんな食っちまって俺の腹のなかだ。なに心配するな。お前もすぐ一緒になって糞で出てくるからよ」


「不快だ」


 俺はコックの首に拳を押し当てると、左に捻って鎖骨の中心まで引き下ろした。

 勿論手にはカランビットを握っており、下に引き下げただけで肉は二分されたのである。


 まるでジッパーを下げた服みたいに。


 そのまま赤い管、所謂食道に手を突っ込んで中に入れると、確かに何か食ったようで胃袋が膨らんでいる。


「じゃ返してもらうんで」


 コックはまだ生きていた。致命的な外傷を与えていないため死には至らないが、喉に異物が入るという、この世でも五本の指に入るような嫌なことを体験し、目が裏返っていた。


 誰でもあると思う。筋が噛みきれなくて口のなかと喉の奥との間に紐ができてしまってブラブラしたことが。


 あれで。コックは整理現象で胃袋の中身を全部吐き出した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 端から見れば、主人公程分からない存在はないのでしょう。抑の始めはこの世界特有、兄妹たちと同じくアレなゴミその物だった……それがくるりくるりと変わり過ぎるほど変わって、悪から善、などと言えない…
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