ダイヤの正しい使い方
人間は嘘をつくが、機械は嘘をつかない。
神様は我々技術者の努力をいつも見ている。この仕事は非常に残酷である。なぜならば、自分が全力を尽くして書いた図面で、やっとできた部品が不良であると目の前で吹き飛ぶのだ。その度に技術者は自分が否定された気分になる。
神様は良く見ている。
小競り合いの後、ついに音をあげたドワーフの側に自らの降りて、はじめて少年はベスがおかれた状況をまじまじと見た。
ベスは特殊な戦艦で、船の右舷側、向かって右側の装甲が分厚く設計されており、これは日本人に多かった右利きに由来する。
右手で殴るために体半身を右に傾ける癖を無意識にやるため、これを戦艦にも載せているのだ。
ベスは当然この分厚い方向から砲撃を行ったが、何発ものドワーフの鉄の槍が鉄板を食い破っていた。厚さ30ミリの防盾に深々とめり込んで止まっているものもあった。
それは、大砲と同じ威力があったと言う意味である。
ドワーフはその技術を隠したがったが、少年は技術者であった。
そこで壊れ、片足を失ったようにガックリと倒れていたバリスタを見つけた。
これが撃ってきていたのだ。
それは、弓の部分が鉄板と有機物が合成されてできていた。日本でこれに近いものはクロスボウである。それは、FRPというガラス繊維を樹脂で固めた曲げに強い材料を使用する。
ドワーフの弓は、焼きの入っていない生鋼をなにか巨大な動物の靭帯で巻き固めた物を使用していた。
少年はそれを解体するとベスに持ち帰った。
ドワーフはその行動を不思議に思ってついてきた。それはドワーフ最強の矛であり、最も重要な情報だった。
少年はビッカース固さ試験機を使ってまずは硬さを調べた。それは圧子に透明度の高い純粋なダイヤモンドを使用する。これを試験片に押し当てて出来る凹みからその硬さを調べた。
「うん。柔らかい」
次にベスの機関室に行き、試験片を引っ張り試験機につけた。
引っ張り試験機は、試験片を引っ張ってどれ程延びるのかを試験するための物だ。上下に万力がついていてそこに食わせまっすぐに引っ張る。それが破断まで引っ張ってその延びを試験する機械だ。元々はこの世界のアルミニウムの特性を調べるために開発、設計された。
これが機関室にあったのはただ単に膨大な動力を必要とするため、それを満たせるのが機関室だけだったからだ。
試験片は一般的な構造用工具鋼の四倍も延びた。
それをボウガンの形に落とし、計算した結果、その飛距離は1000メートルを軽く越えることが判明した。
「なんだこれ。これは合金じゃないか」
ドワーフ達は顔をしかめた。
実はこの鋼材にはまだ名前がなかった。ドワーフの中でも技官、僅かな偉い人しか知らない秘密であった。
「飛行船はやめる。父に譲ろう。ばかな。火薬を使わずにこんなものを作るってるのか。だからアルミもできたのか」
そりゃ、こんな金属があればアルミなんて価値も下がる。この金属は日本にも存在しないかもしれない。
分かったことは、飛行船ではすぐに時代遅れになるということだった。
少年はその試験片に元素試験ができないことを歯噛みした。
ドワーフ技術者は、大人泣きしていた。
いい大人が泣いていた。
ドワーフが10年かけて開発した技術の全てが、そのメモ用紙に乗っていた。しかも、自分達が作ったものよりもずっと小型で、射程距離も長かった。その計算に矛盾が無いことが同じ技術者として分かってしまう。
自分の実力が足りなかったと見せつけられた。
わずか数分のうちに、どちらが上が分からせられてしまったのだ。