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美しき黒曜花

 ドアーフの王は眼下に広がる港を睨み付けた。


 そこにあったのは不気味な船。鯨を思わせる巨大な体躯にその体に刺さった槍の数々。


 それはまるで、討伐しきれなかった手負いの化け物のようであり、その証拠に帆を張らずとも進んでいた。呪われているのだ。それだけで汚らわしい。しかし、巨大な船であるところを見るに財宝を積んでいるだろうということは間違いなかった。


 王は城壁の上、聳え立つ投石機に狙いをつけるように命令した。金がほしかった。それ以上に船を沈めたという冒険談がほしかった。


 投石機とは、遠心力を使って石を遠くに飛ばす攻城兵器の総称であり、ドアーフの国では時おり発生する内乱において多大なる功績を上げていた。


 敵に向けて100キロ近い重さの石を投げつける武器である。当たれば例え堅牢な城の壁であっても粉々にくだけ散る。


 本来、それは船に向けて使うものではなかったが、相手があまりにも大きいという理由で選ばれた。


「一番、放て!」


 グワーンと巨人が振りかぶって石を投げ、石が空へと舞い上がった。


 最初は当たらない。様子見だ。敵に攻撃の意思があれば打ち返してくるだろうし、いや、それも無理だろうなと王様は思った。


 なにしろ相手は手負いである。あれだけのボルトを受け、まだ浮かんでいることが奇跡と言えた。相手には随分優秀な船大工がいるらしい。そいつらなら捕虜にしても良いかとたかをくくって見下ろしていた。


 恐ろしくゆっくりとしたスピードで石は海面に着水する。


 しかしその衝撃は凄まじく、あの船を隠してしまうほどの水飛沫が上がった。


「おおお!!!やったぞー!」


 初弾でこれだけ近くに落ちることは稀であった。なにしろ投石機には照準機がない。大体このくらいだろうという具合で狙っていた。


「撃ってきたぞー!!」


 大変なのはベスの甲板の上である。まさか、取引をこれからしようというのに相手から狙われるとは。


 これは明らかな外交問題である。少年は怒り、主砲に対空弾の装填を指示した。


「ええ?対空ですか?」

「そうだ」


 少年は笑っている。その意味が分かった砲雷長は悪役みたいな笑い声をあげて声を張り上げる。


「おまえら!距離をきちんと測れ!弾を敵の頭の上で爆破する!」


 ベスの主砲、30cm二連装砲には二種類の弾がある。てっ甲りゅう弾と対空砲弾である。実は前者を撃つために設計されたが、自身と同じだけの装甲を持つ敵と一度も会敵していないために、一度も使う機会がなかった。


 対空砲弾は文字通り空からやって来る驚異に対して使用する砲弾で、ベスに唯一ある空への攻撃手段だった。


 その砲弾はゼンマイ仕掛けによる時限信管が取り付けられており、砲撃してから何秒後に爆破するということが任意に決めることができた。


 ドンという衝撃と共に甲板にいた船員は床に押し倒された。


 巨大な大砲から砲弾が出てくる際、衝撃波を伴うことによる味方への被害だった。


 そこからは一瞬である。


 ドアーフの城の上に黒い花が咲いた。


 牡丹のように丸々とした花は美しく見えるが、その実は残酷きわまりない物であった。


 勘のいいドアーフは逃げようとした。


「無駄だよ。穴に隠れてもだめだよ」


 台風の日に雨が壁に打ち付けるような音が聞こえる。それは石でできた家の壁を削り、鋼鉄の工作機械を破壊し、地面に穴を穿った。


 技術者の弱点だ。自分こそがもっとも優れた技術を有するとたかをくくる。そうして進むことを拒絶したものたちは新しい力に対抗できない。


 そう、今まさに虫けらのように転がっているドアーフのように。


 頭上で爆発した砲弾は鋼鉄製の殻を粉々に粉砕して爆発した。


 誰だって石を投げられると痛いと思う。それが、音のスピードに迫る速度で飛んできたらどうか。それが、尖り、カッターの刃のように鋭利だったらどうなるか。


 爆心地近くの『幸運な』ドアーフは即死した。戦場では大砲は女神と呼ばれる。

 恐らく近代線において最も人の命を奪った兵器は、相手がドアーフであっても構わず切り裂いてしまった。


 その中には分厚い鎧を着ていたために、命の助かった不幸な者もいた。


 腹に深々と破片を受け、腕は根本からもげ、身体中に仲間だったものの臓器がこびりついているのだ。


 自分が死んでいるかどうかも分からなくなってしまう。

 訓練を積み、戦いのなかで仲間が死ぬのには慣れていたはずだった。だがこれはあまりにも無惨だった。


 ドアーフの王にはなぜ自分の腕がないのか、体についた生臭い肉が何だったのか、理解できなかった。


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