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酷い設計

 少年は敵艦艇の絵を描きながら愚痴を溢した。


「ドワーフの設計家は糞だな」


 船に使うアイディアが悪いのではない。材料の選定が悪いのでもない。


 ただ、その設計思想の根底にある間違いを同じ設計家として少年は感じ取っていた。


「艦長、あの船の間違いがどこにあるか分かりますか?」

「木で船を作ったところでしょうか?」


 その答えを聞いて少し悲しそうな顔をして少年は続けた。


「あの船は人の命を何も考えていないんです」


 あるべき救難筏も、救命胴衣もなかった。その上、ドワーフは戦闘用に鎧を着ていたのである。


 そんな状態で海に落ちれば海底まで引きずり込まれる。回収した鎧から分かったことは、厚さ10ミリの鉄板を曲げた鎧で重さが40キロもある物だということだ。


 これはドアーフ一人分の体重に匹敵する。


 浮かぶわけはない。敵の設計家はそれが分かっていてあの船を設計した。



 沈めば人が死ぬとわかっていたのに人名を軽視したのは、そういう仕様として注文が来たからなのか……。


 少年は何となくそうではないように思えた。


 彼らが述べた口上。それが全てだ。


「世界最速の船」それを目指した結果、無駄なものを全て下ろさねばならなかったのだ。速さで一番をとるために、人の命は二番手になった。


 だから敵の設計家は糞なのだ。


 俺だったらそうはしない。なぜなら昔、日本の設計家が同じ道を行き、沢山の日本人が死んだからだ。


 もっと強力な動力があれば、もっと潤沢な物資があれば……。そう願いながら苦肉の策で、差し出した人命という高価な材料は、その兵器の一番の欠点となる。


 今まさに最後の生き残りが食卓に連れてこられ、何をされるのか怯えて震え上がっている。


 ドアーフは結局一人しか助からなかったのだ。それも設計家の傲慢によって。

 ここは推進深度300メートルの海上、沈んだものたちは海の重さでつぶれてしまったはずだ。


 目の前の彼は船のマストにしがみついていたお陰で助かったにすぎない。そこを魚が助けたのだ。


 その上これから尋問される。

 

 一度の収容人数200名ほどの食堂に少年と艦長、副長、そして捕虜の四名だけがいるので、そのだだっ広い空間が恐ろしく空虚だ。


 扉の向こうでは戦士たちが各々お気に入りの武器をもってスタンバイをしているのだった。


 尋問は少年に任された。少年もこういうことが得意だと自分で知っていたし、何より口が達者である。一応は従業員4500名を抱える大企業の社長でもあった。


 少年は捕虜の前に座ると、ガチガチに固まったドワーフはひっと短く悲鳴をあげた。


 無理もない。彼は初めて装甲艦に足を踏み入れたのだから。ドアーフでもそれを作ろうとした歴史はあったが、どれも海に浮かべると沈んでしまった。観戦設計時の理論式の構築が不馴れなのだ。


 少年はそんなドアーフを前にして最高の笑顔を作り、古い友人に語りかけるように爽やかに声をかけた。


「あの船はすごいですね!あんなに速いのは始めてみました!」

「え?」

「ドアーフの技術は世界一だ!あんな船何処にもないですよ!いやーすごい!敵としてアッパレです!」


 ドアーフは目を丸くして、その上、笑顔になって、「ああ、あれはね」なんて上機嫌で語り出した。船の機密情報を、だ。


 艦長は少年の手腕に舌を巻いた。


 簡単に相手をその気にさせ、おだて、気持ち良くさせて、自分から話すように仕向けた。


 船乗りというものは自分の船に愛着をもつもので、それを誉められると自慢せずにはいられない生き物である。


 それが良くわかっているようだった。


 ドアーフは有らん限りの船の情報を話してしまった。


 いかに速く、いかに素晴らしいかを。


 ガン!!と机にサーベルがつきたった。


 それは副長のものであり、彼は肩で息をし目は血走っていた。


「もう一度いってみろ!この糞ちびが!世界最速の戦艦はこのブラウン・ベスなんだよ!いい加減みとめろ!」

「いやいや、やめてくださいよ」喧嘩を止めようと少年が席を立ったのに今度は短剣をドアーフの喉元に突きつけて床に押し倒した。


「いや、ドワーフのアドミラルこそ最速」


 意地を張っている。艦長はため息をついた。そうなっては、せっかく少年が作り出した雰囲気もぶち壊しだ。


 控えていた砲雷長たちとパケ族達、魚たちが押し入ってきてすぐにリングが出来上がる。


 人の作るリングだ。戦え戦えとまくし立て、どちらが勝つかに金がかけられる。


 あーあ。残念だ。こちらに少年がいて表情ひとつ変えずにそれを見ているというのに。彼の頭が異様にきれることを皆知っているはずなのに。


 副長は拳をつくって叫んだ「ベスは45ノットも出るんだぞ!!!それも風上に向かって!!」


 ドアーフは息を飲んだ。その事を知らなかった船員も言葉を失い。その意味がわからなかった者たちもまた黙る。


 それはこの船の秘密に直結する情報だった。


 この世界の船は風を利用して前に進む。帆の角度を調整すれば風上に進むこともできるが、それはあまりにも遅い。


 原理的には飛行機の翼で揚力を得るものと同じことを船でもやるのだが、風より早く動くことはできない。



「もっと教えてくれ。この船のこと」


 ドアーフは興味津々である。


 ことの重大さに気がついた艦長はその場で少年に頭を下げた。


「申し訳ない」

「何をやっているんですか艦長。艦長は常に船員の前ではしゃんと立っていなければなりません」

「我々はこの船を愛しています。それゆえに、バカにされることが何よりも苦痛なのです。ですから副長はあのようなことを」


 魚たちはその少年の表情を見て、感嘆の溜め息をついた。


「カミサマは、奪い、与えてくださる。祝福を受けるためにはまず、手にもった荷物を下ろさねばなりません」


 副長は恐怖ゆえに股間を濡らした。



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― 新着の感想 ―
[一言] 情報は吐かせるだけ吐かせ、自身は貝のように沈黙。それが正しいやり方……"このドアーフ知ってしまった"な、【カタパルト】で打ち上げようか。パケ族に故郷上空まで運ばせるのもいい、着地などさせない…
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