狂おしい贈り物
結局魚たちは26匹が助かることとなった。その中には通常ならば当然死んでいた者もいた。
少年は心臓が停止した重傷者や、遺体から臓器を取り出して生きる可能性のあるものに縫い付けた。肉をナイフで切り、骨をノコギリで削り取る。あるいはノミで間接をはずし、使える皮を剥いだ。
日本にある医学に当てはめれば、それは臓器移植という医療行為である。医療といってもその知識がないために、どちらかと言えば機械を修理するような粗っぽい行為であった。しかし、紛れもなくそれはこの世界にはなかった奇跡だった。
誰かの体を切り刻み、その肉で自分が生きる。その事の重大さを議論する間もなく、魚たちは飛び付いた。
実際、その決断が早く行われ過ぎたために、一人の魚が異議を唱え、バケツのなかにはいった臓器を甲板にぶちまけた事があった。
はっきり言って、9割の魚は生きていたかった。もし、他人の血肉を食らって生き長らえることができるがどうするか?と目の前に迫った死神に言われれば、彼らは食べると答える。
生きたいと答える。それが本能というものだから。
その幸運を、バカなやつ一人のせいで逃してなるものか。
その異議を唱えた魚は、9月とはいえ傷に噛みつくような濃度の塩水に半身が潰れた状態で投げ落とされた。
驚くべきことに、それは少年が命令したことではなく、彼らが望んで行った結果だ。
次に誰がばらされて生き長らえることができるのか。この死に至る痛みの中で救われる手段があるならば、何だって手にしたい。
魚たちの総意として、なにか結論が言及されることはなかったが、言葉以上に彼らは身を売っていた。心を売っていた。
もしそれが心のわかる人間の子供だったら何か察することもできたかもしれないが、悲しいかな少年はそれを持ち合わせていない。
目を輝かせながら、ふと臓器を手に持った少年は疑問に思っている事を思い出す。この世界では人間だけが魔法を使えるという話なのに、魚が魔法を使えたわけは何故なのだろうか。
魚の臓器は特殊だった。
巨大な浮き袋(恐らく肥大化した肝臓の一種で、油によって浮力を得ていると思われる)や、エラの他に肺も持っている点など、独自の進化を遂げた生き物であることは確実である。
設計家には病気がある。それは、中身がどうなっているか知りたいと思ってしまうというもので、特に自分が知らないものを目にすると発病する。
手頃な遺体を部屋に運び込んだ少年は周りに誰もいないことを確認し部屋に鍵をかけた。
少年の目的は、魚たちが使う魔法の出所を探ることだった。
首を切開し、顎を切り落とし、胸をシャコ万で開き、中に入っている物を取り出してみたが、残念ながら価値のありそうな情報はなかった。
これ以上遺体から読み取れることはないと感じた少年は、まだ暖かい心臓と肝臓、腎臓を取り出した。
剥ぎ取った臓器をバケツに入れた後、すぐに部屋を出て廊下に向かう。部屋は既に満杯で治療を求める魚たちは廊下で『次は私に!』と手を上げて待っていたのだった。
生き物にはそれぞれ体のサイズがある。傷ついた臓器を取り除き、移植する場合それは同じ大きさである必要があったが、今ばらしたのはまだ小さい遺体だ。これに適合できるのは同じく若いものが女性のどちらかだろう。
力の強い男ばかりを救った方が後々利用するにも便利かと思うが、子供も救っておいた方が恩を売れるかもしれない。
そうなるとめんどくさいな、と少年はバケツの中の臓器を見た。小さいので縫い口もより細かくなるのだ。
扉がしまる瞬間、魚たちは少年の部屋を見た。自分達を一撃にて壊滅させ、あまつさえ救いの手を差し伸べる異能力の子供は、どんな部屋で生活しているのか。
そこには細かく描かれた絵画のように臓物を腹から抜き出されて並べられた同胞の姿があった。顎と顔の皮膚のない顔で白く濁った瞳が、ゆっくりとこちらを恨めしそうに見ている。
「ああ、そうでした。手足もたぶん付けられますから、希望者は名乗り出るように」
魚たちは目がぎゅーっと大きくなる。欲しい。その寵愛が、狂おしいほどに。