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血の医療

 少年は傷ついた敵の魚を担ぎながら頭を悩ませていた。


 既に治療室は満杯になり、入りきれない負傷者が廊下に並べられて順番待ちをしていた。


 少年は魔法で傷を直そうとしなかった。それは、意地悪というわけではないが意図的なものであった。


 魔法を使いすぎると一時的に使えなくなる。つまり、魔力切れを起こす。人間だけに許されたのが魔法ならば、強くなりすぎないように枷をはめられているようだ。幸いにも少年には現代日本で受けた治療の知識があったため、中程度から軽症の患者に治療を行うことができた。


 少年は円筒形のガラスが複数繋がれた機械を運用した。金属から削り出したそれは、毎分3000回転という大変な速度で回っていた。


 ただ、それが不気味だということに違いはない。


 円筒形のガラスに満たされていたのは透明な水で、そのなかに怪我をした魚の血を入れ、回転させているのだ。

 この世界に血を使った治療はなく、注射器で血を抜いて回る少年の姿は恐ろしく写った。

 日本で言うところの輸血、をするためには、血液型を知らなければならない。そのためには円心分離をして内容物の色からそれを判別することが可能となるのだが、それとは知らない魚たちは、死んだ仲間からも血を抜く少年の姿を見て、文字通り血の気が引いていた。


「こわい。死体を食べるつもりか?」


 自分達も肉を美味しく食べるために血を抜く。魚たちもとらえた獲物の首を掻ききって空に打ち上げたりしていたから魚たちにもその意味はわかった。


「えーと、みなさん、血液の病気とか持ってないですよね? 宗教的な意味合いで血を体内に入れるのがダメとかはありませんね?」


 少年は暫く待ったが誰からも返答がないので、比較的軽傷者の肘間接辺りに針を刺して管を取り付けた。


「な、なに、なにを」


 混乱した様子の魚の腕からは勢い良く血が吹き出た。しかし、管によってガイドされた血は、樽に貯められていく。体に感じる痛みはそれほどではない。ただ体が寒く、死に向かっていると教えてくれる。


 少年は管を押さえて動くなと頭を叩いた。


 動けば針が腕の中で折れるかも知れない。

 人間の体長に近い動物が出血できる血液量はおおよそ2リットルと思われた。


 しかしながら、心臓などの膨大な出血を伴う内蔵の手術ではその五倍、10リットルの輸血を必要とした。


 日本では献血という制度があったが、血液は長期保存できないためしばしば足りなくなる危険があった。


 それでも、生きている人間から直接血を抜いて輸血するなどあり得ない。絶対にしない。リスクが高すぎる。

 だがしばしば、その行為は戦場で行われていた。

 それを示すように少年が死にかけの敵に輸血を始めると効果はすぐに現れた。


「な、なにをした?」

 

 青々と変色した頬に赤みが増す。


「輸血しました。貴方の内蔵には穴が開いていて、反対側に出てきていません。お腹のなかに破片が残っているものと思われます。だからお腹を開いてこれを取り出すには―」少年は魚の腹を撫でた。異様にヌメヌメとした粘液が腹を伝っているのは、そういう体の構造なのだろうと思い、ニヤリと笑った。


「うぐっ」

 魚の苦しそうな声に少年は押さえていた指を離した。冷たくなっていた体は段々と熱を取り戻したようだ。


「おどろいた。すごく丈夫ですね。なるほど。この大海で生き残るのは並大抵の生き物では不可能。もしかして、頭を切り落としてもまた生えたりしますか?」


 生きている魚たちを見ての言葉だったが、まるで実験動物を見て話しているような口ぶりだった。


 少年は顔を曇らせる。

 すこし我が出すぎた。


 もし自分が逆の立場だったら、対等に扱ってほしいはずだ。


「すみません。僕のなかには化け物がすんでいるんです。産まれたときから」


 魚は目を丸くし、その屈託のない笑顔を下から覗くようにして窺った。


 少年はナイフで魚の腹を割く。


 鉄のナイフ以上に鋭利な黒曜石のナイフが、薄皮一枚を切り分け、白い指が内蔵に差し込まれると同時に、中から黒々とした破片が抜き出された。しかし、他の臓器をほとんど傷つけることなく傷も最小限だ。


 それを見て生き残りの魚が殴りかかってくるが、その手を掴むものがいた。


「腹の痛みが消えた。嘘みたいに消えちまった」




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― 新着の感想 ―
[一言] ゴム手無しなの……、主人公ヤバすぎでしょう。 魚も、多分……現実のグリーンイグアナと変わらないかと。嘗て動物奇想天外と言う番組にて、千石先生が日本で逃げた? グリーンイグアナの腹を掻っ捌い…
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