冷たい海
少年の目の前に矢が降り注いだ。
戦艦と比べて明らかに見劣りするその武器は、魚たちの最新兵器である。流れ着いた流木からシャフトを削り出し、大型水性生物の骨で作った矢尻をつけた矢は、強かに鉄板を打ち付け、息の根を止めようと向かってくる。
船員はこの船に乗艦して初めての戦闘を経験することとなった。
最初彼らは飛んでくる矢を恐れていたが、それが鉄板を貫通できないと分かると、だんだんと楽しくなってきた。
敵は海の中から矢をいかけてきていた。
ベス側面の5インチ砲は両用方で海と空どちらも狙えるように角度が大きくとることができるが、船の真横、どてっぱらにしがみつくようにして矢を打たれては攻撃のしようがない。
その時、少年がタラップをかけ上がるのが見えた。この船の設計者の少年だった。少年は血だらけになりながらも、敵がそばにいることを知り、いち早く武器のもとへ走った。
壁が音をたてて崩れ落ちた。
まるまると大きな酒樽のような物が坂をかけ降りるようにして海に落ちると、そこにいた魚は大変に驚きあわてて弓を構えたが、そこにすでに少年の姿はなかった。
「全員床に伏せて口を開き耳を塞げ!圧力で目が飛び出すぞ!!」
少年の言葉に船員たちは目をぱちくりさせたが、やがて思い思いに体を伏せた。
少年がやるように口を開き、耳を押さえて戦場にすこしばかりの静寂が流れる。
次の瞬間、海が盛り上がった。
真っ白な巨人が海から顔を出すかのごとく丸いものがこんもり見えたかと思うと、それを突き破って真っ黒な煙が空高く吹き上がった。
船員たちは息を飲んだ。その煙のなかに人の叫び声のような物を聞いたからだ。
ボタボタと降り注ぐ雨は異様に生臭く、そのなかに人の手や魚の内蔵などが入っていて、とても言葉では表せない地獄が甲板の上に姿を表した。
あるものはあまりの痛みに耐えかねて、自らを殺そうとなんども矢で頭を刺していた。
またあるものは仲間の肉をもって右へ左へと歩いている。
皆一様に目は飛び出て、口は裂け、真っ赤な内蔵を口からぶら下げている。
「ぎゃーーー!!!」
と悲鳴をあげて一匹の魚が泣き崩れたが、その様子を見て少年は涙を流したようだった。
しかし船員は、彼が自分の手をナイフで切ったのを見ていた。泣くためだ。
その事実を知ったとき、ふと恐ろしいという感情が沸き上がる。
「ごめんなさい。こんなことになると思っていなくて」
少年は泣き崩れる魚の肩を持って慰めるが、その美しさたるや。涙までながしてまるでどこかの王子のようだ。
あまりにも白々しく、完璧に偽物。
魚は声を荒らげ、あらんかぎりの声で叫んだが、帰ってくるのは呻き声ばかり。
「ああ、可哀想に。僕の部屋で治療しますからどうか中に。さあ、貴方から順に」
船員たちは恐怖した。少年は本当に心を痛めているように見えたからだ。飛び出た内蔵を見たときなど嗚咽を漏らして肩で息をしているが、ふと、笑顔をこぼすところがあった。
叫び声になんども頷き、傷ついた体を支え、血に触れながら笑っている。