空飛ぶ巨人
翌朝、先代は少年の前に突き出された。
捕まった際に殴られたのか、顔はパンパンに腫れ上がり、足は奇妙な方向に曲がっている。
足は挫滅していた。おそらく、それは高所からの飛び降りたことによる大腿骨骨折。そして傷口は熔けた蝋燭で塞がれていた。
どんなに痛いことだろう。想像もつかない。
高いところから落としたのは、あの船の心臓を守っていた(寄生していた)パケ部族だった。
逃げる先代を持ち上げては落とし、逃げる気力がなくなるまでそれを夜通し繰り返したのだった。捕虜となった先代の心臓がまだ無事だったのは、単に、自分がしたことを彼自信に白状させるためであり、パケ部族はその証言のもとご褒美を欲していた。
「捕まえたのは誰ですか?」
「我々パケ部族全員でございます」
「それでは全員に約束のものを渡しましょう」
それを聞いている先代は気が気ではなかった。約束のもの。つまりこうなることが分かっていて泳がせた?
「お父様、船は作れましたか?」
「無理だと言われたよ。同じ工具を用意したのに。『我々は坊っちゃんではありません』その一点張りだった」
行員は全員回収された。重軽傷者2名の被害が出た。四日は確実に仕事ができないだろうから、死傷事故としてカウントされるレベルのことだ。
少年はそれを言いたくてうずうずしていたが、先代には奴隷が人間と同じ雇用条件に当てはまるという考えがないために、煮え湯を飲み下すしかない。
「お父様。ぼくは、貴方に夢の一ページを見せてもいいと思ってるんです」
少年の回りでメイドたちがザワザワと騒ぎ出す。
「なに?」
「これから作ろうとしている物は、三日で5000キロを無休で移動する乗り物です」
「何をバカなことを。そんなものできるわけがない」
そう思う。工員皆がうなずく訳は、ベスが頑張ってそのスピードが出るかどうかであり、とても三日も持たないと分かっていたからだった。ボルトは折れ、スクリューは羽がおれる。
「それは空を飛ぶ船です」
「うそをつくな」
先代は目に色を取り戻し始めている。それが言葉の震えとなって出てきていた。
「もし、ベスができる前にあの船の話をしたら、信じましたか?お父様。」
「信じなかっただろうな」
少年は頷いた。
「ぼくとしては材料と、二隻作っていただければ、その船に関する図面と、その他その船に関する知的財産を譲ってもいいと考えています」
「三日で5000キロと言ったな」
「はい。それも10トンほどの荷物を積んだ状態で」
「そんな馬鹿な。もし、もしそんなことができるならばそれは神だけだ」
「それを作れる人がここにいる」
少年は行員たちを指差してまわり、手を握って、頼むぞ。なんて声をかけて回った。
しかし先代はもう話は終わりとばかりに見捨てられたのが悔しくてたまらない。自分よりも工員の方が大事なのだと見せつけられている。これが少年のやり方だった。先代は振り向いてほしくて声を張り上げる。
「お、おい!その船がどうやって飛ぶのか説明してみろ!」
「どうせあなたには理解できない。バカだからではありません。学がないからです。工員を傷つけたことの意味をまず知ってください」
それは少年なりの嫌味だったが、前代には自分には学がないと断言された事実だけがぐるぐると頭をめぐっていた。
「そうそう、その船の名前は飛行船といいます。おそらく人類ではじめてこの世界を一周する乗り物となることでしょう。だからその栄誉を勝ち取るために早く材料を探してください。誰かに横取りされる前に」
実は飛行船はかつて飛行機よりも優れた乗り物と考えられていた。そしてそれはもうすぐこの世界にもやってくる。