あまいもの
本館食堂。
巨大な大木から切り出された長机は継ぎ目が無いにも関わらず、10メートル近い。これが食卓で、その机の上にはちょこんとステーキとパンがおかれていた。
めんどくさいという理由で料理長に予め肉を切ってもらった少年は、久方ぶりのちゃんとした飯を腹に詰め込んでいた。
その様子を壁際から無数の視線が監視するように見ている。
「お肉美味しいな」
「ぼっちゃん。お話をするときは口の中身を飲み込んでからにしましょう」
少年がパンを噛んで右手で引きちぎると、またメイドが飛んできてパン切り包丁を差し出した。
「さあ、切りましょうね」
「いや、分かっているのですが、めんどくさくて」
貴族的なテーブルマナーからすると、パンは包丁で切らねばならないとのこと。めんどくさいことこの上なし。しかも、皆が食べていないときに自分だけ食べている状況が少年には苦痛だった。
昨晩食事を取り損ねただけなんだけれどな。なんか親父殿が壊れてしまってな。行員の半数が盗まれたのだ。
少年の父は、お金におかしくなっていた。
実例を紹介すれば、映画の子役で多額の給料が発生した場合、そのお金は一時的に保護者のものになる。そして親は二人いるため取り合いに。二人は長い喧嘩の後、離婚。子供は成長、有り余るお金でドラッグとアルコールに依存する。珍しくもない話だ。
本来技術とは人を幸せにするものだ。そして同時に同じくらい不幸にもしていく。
これは呪いだ。
なんとか奴隷を無くしたいと考えて行動する少年はパンを切るメイドの手をとって撫でた。
カランと刃物が机に落ちる。
「ごめんなさい。迷惑をかけてしまって」
「め、迷惑なんてとんでもありません!こ、これは仕事ですから!」
叫ぶような声に壁際のメイドさん達から刺すような視線が飛ぶ。
多種多様な血の混ざった彼女等だが、皆一様にして身長が同じだった。おそらく、わざわざ背丈が同じメイドを集めているものと思われる。
少年はその無駄と努力に溜め息をついた。
少年の爪先から頭のてっぺんまで舐めるような視線を感じてメイドは背筋を伸ばす。そのふくよかな乳房がメイド服の生地を押し上げて大変なことになっているものもいれば、腰の辺りから延びた尻尾の毛を逆立てる者もいる。
「すみません。朝早くから用意していただいて。君達は優秀ですね。」
敬愛する主人からのお言葉。それも誉める内容を聞いて喜ばぬ女がいようか。
彼女たちにとって少年はすでにアイドルのような存在であり、たとえ怒鳴られたとしても、自分に、自分だけに言葉をかけてくださったと涙する段階だ。
彼女等は同じ空間にいて同じ空気を吸うことに幸せを感じているのに。その言葉は心に染みた。多くのメイドはなんとか堪えて涙を見せなかったが、手を握られていたメイドは違う。
奴隷として扱われ、ありがとうなど感謝を伝えられたことのなかった奴隷は、その言葉に涙を流した。
しかし問題は少年が他人の心を理解できないという問題を抱えていることである。
他人の心を理解するためにその表情から感情を読み取るために、泣いていることは悲しんでいることだと理解した。少年には嬉し泣きという曖昧なものは無かった。
「ごめんなさい。よかったら、この後ぼくの部屋に。ケーキとかありますから……」
少年は甘いものが嫌いな女の子はいないと考えて言葉をかけた。あげるから泣かないでということだ。
しかし、メイドはそうは思わなかった。
「せ、せめて湯を浴びてから……」
「ん?いいですよそのままで。全然汚くないんですから」
コクコクと何度も震える頭に、少年はそんなに甘いものが欲しいのかと思った。