輝く心臓
少年の父、グローイング家先代は白い砂浜を埋め尽くす人垣を見て驚き言葉を失った。
いつもは貧乏人が遊びで数人集まるような砂浜を、数千人という規模の人間がひしめいている。
金持ちもいれば奴隷もいる。女も男もいる。ただ、共通して言えるのは皆が海の方を見ていることだった。
何も不思議なところはない。いつも通りの海だ。
しかし次の瞬間、黒々とした巨艦が躍り出でて、水平線を右から左に通過した。
そのあまりの早さは、まさかそれが船であるとは思えないほどだった。
先代は目を見開き、ぽっかりと開いた口を閉めることもできず、ただただそれを見るだけだ。
海軍が筋骨粒々とした水兵に命じてその船を追わせていたが、その船に比べてあまりにも、あまりにも遅い。その姿には愕然とした。
暫く見ないうちに船はあんなにも早くなったのかと思ったが、どうやら違うらしい。
あの船が異常なのだ。
先代は悔しく思い、奥歯を噛み締めた。自分でも船を作ろうと、優秀な船大工を探しているうちに、ガキはまた何かしたのだ。
あの船はすでに風よりも速い。
あのバカガキは何もその意味がわかっていない。もし分かっていさえすれば、戦争なんて無駄なものに、その俊足を使うことの滑稽さに自ら呆れたことだろう。
悲しいことに頭脳は遺伝しなかったのだなと先代は溜め息をついた。
先代はその夜、船に忍び込むと作業中だった行員の半分を自分の物にした。家に帰った家族のいる工員以外がすべて捕まってしまった。
先代は行員の足を切り落としてその怯えた瞳に向かって言った。
「この船よりも良いものを作れ。そうだな。倍の大きさにしろ」
「そ、それは、む、むりですわ」
行員たちは船の作り方を知っているわけではなかった。彼らは溶接のプロ、あるいは、ネジを作る職人であり、自分が作った部品が何に使われているのかはしらない。それを知っていたのは一部の組み立て用行員で、彼らの多くは妻子がおり、今ごろは家に帰っている。タイミングも悪ければ、やったことは最悪極まりない、裏切りのような物だった。
残っていた行員は、原子炉産み出した高圧力で破損した周辺機器の修理を任されていただけにすぎない。
「嘘を吐く奴隷に口は要らないよな?」
そう言うと先代は行員の口に包丁をあてがって切ってしまった。
消沈した行員たちは言われるがまま、先代に船室を案内した。
「な、なんだこれは!!!」
その爛々輝くものを見た先代の目にあったのは、金儲けだったのか、それとも名誉だったのか。
彼はその輝く心臓を目の当たりにした。
ブラウン・ベスの機関室。月も隠れた暗闇のなかでそこは煌々と光輝いていた。
ガラスから漏れ出た光は、鋼鉄の壁に当たって跳ね、床で躍りを踊っている。
ドクンドクンと脈打つように光を強弱させるその巨大な球体は、この世のものではないようにみえる。先代は深い溜め息をついた。
「こんなに美しいものが……」
原子炉は通常、火を落とすことはない。一度命を吹き込まれれば解体までずっと反応を続けるものだ。一応は停止する手段があるが、手間がかかるため、その異様な炉は一秒として欠かさず輝き続けていた。
しかしその影がのっそりと起き上がる。そこには先約の姿があった。