核の船
少年は今回の事件により1ヶ月海に出ることができなくなった。
身体的な問題によるものではなく、ご褒美をねだられたからだった。
奴隷たち曰く、『卵を取り返したのはベスなんだから、ベスにご褒美をあげてほしい』とのこと。それも寄ってたかってお願いをするので少年はついにおれてしまった。
こうして二番艦にあたるブラウン・ベスが姉に先だって特殊な機関を組み込むこととなった。
その機関とは原子力。
それは核融合時に発生する膨大な熱を利用し、水を沸騰させ、タービンを回して発電する機関のことだ。原理的には原子力発電所と同じものであるが、ベスの場合、多少異なり、沸騰させるのは海水で、その圧力でもって無理矢理蒸気機関のシリンダを動かし、船の動力とする構造だった。海水はあまりの高温ゆえ、一瞬にして気体となり、シリンダを押し上げて帰ってくる。これを再び冷却することで水の補給が理論上要らない。核も半永久的に使用できるので、つまりは、補給が要らない船となった。
原子力とはこういうエネルギーだ。その上、二酸化炭素を出さないので、大きな煙突も真っ黒な煙もこの船とは無縁の存在となっていた。
エネルギー効率的には、本来の原子力機関とは異なり、一度電気に変換しない分、損失が少なくすむ。しかし問題もあり、核で産まれる膨大な蒸気をそのまま蒸気機関に直結することは爆発する危険を常にはらんでいた。
これが、各国の原潜、原子力空母が一度電気に変換する理由の一つでもある。その便利さは理解できるがあまりにも危険であった。
そのために設計時につけられた安全弁は13個。有事の時にはこれが順番に破裂して圧力を強制的に逃がす構造である。
初めての火入れは、主任設計者である少年の手で、今、行われようとしている。
真っ赤に焼けた反応棒は一瞬にして海水を沸騰させ、圧力計は赤い範囲を推移する。その意味は、危険圧力である。
48本の核燃料棒は計算を越えて蒸気をあげていた。
すぐに反応を弱めるため抑止材である黒鉛の棒を差し入れたが温度と圧力は上がり続けた。
圧力計はあまりの圧力に破裂し、配管は膨らんで巨大な蛇のようにのたうち回っている。
「圧力を逃がす!!」
その蒸気には放射能が含まれるため、出せるのはシリンダの中だけである。
直径120センチの大型シリンダは今まで感じたことのないほど強烈な蒸気にバカみたいな挙動でクランクを回した。
巨大なはずのクランクがもはや残像しか見えず、潤滑のための油は霧となって四散した。
ずんと巨人にけりだされたように前進した船は、いざというときの救助のために駆けつけた姉、『貴婦人』に体当たりをしてそれでも止まらなかった。
甲板にいた作業員は手摺にかじりついていなければならなかった。
海は、いつも波打っていると言うのに、そのスピードがあまりにも早く、まるで踏み固められた海の上を疾走しているように見えた。
顔にあたる潮風は心地よさを通り越しもはや痛い。指揮所の厚さ15センチの防弾ガラスはその風と振動で飛び、マストに掲げられた鎖のマークの艦隊旗は引きちぎれた。
このとき、ベスは45ノットも出ていた。
時速にして83キロメートルだ。
勿論それは、この世界で海の上でも陸の上でも最速である。