黒い卵
大陸間弾道ミサイルの弾頭に使われる小型核爆弾が何キロかご存じか?
それは60キログラムだ。
それはちょうど、成人した人間と同じ重さである。
海軍が襲撃を受けた時と同じく、陸軍騎兵隊第四師団。
二千人の将兵が核の炎によって死んだ。その死に様は、それまでの戦死者とは比べ物にならないものだった。
連隊長リンド・ブルームは黒い墓標の前にいた。いや、それは墓標ではない。黒い墓標に見えていたのは、かつて人間だったものたち。業火に焼かれ炭となり、全身が黒ずみとなった者たちにはまぶたがなく、白く焼けた眼球だけが板のように固くなった体で光っている。彼らは誰にも回収されることなく野晒しとなっていた。
リンドは重い足を引きずって煤けた馬小屋の扉を開けた。
その中には体が半分溶けた部下が二人身を寄せ合って空腹に耐えていた。
「すまない。食べ物は見つからなかった。」
「すみません。本当は俺たちがいかなきゃいけないのに」
陸軍は補給をたたれ、戦友と呼んだ馬まで潰してなんとか生きていた。騎兵隊がその武器である馬を殺した。海から来るはずの海軍の補給はついにこなかったためだ。
ほどなくして兵士たちは死んだ仲間を食うようになった。
放射能におかされ、遺体自体が強烈な放射線を発するようになった死体を食べた彼らは、バタバタと倒れた。
リンドは翌日、部下の墓を森に掘り、純粋な殺意を感じた。それは理不尽への怒り。やるせなさへの怒り。恐怖が裏返った怒り。
リンドは1ヶ月かけて用意し、あの化け物の住む家へと忍び込んだ。
恐ろしいことにその家は不気味なほど静まり返っていた。
誰もいなのだ。
せめてあいつに一矢報いて死んでやると部屋を回って歩いたリンドはある黒い卵を見つける。
「やあ、やっと来たんだね」
リンドは弓を声のほうに振りかざした。
「君は運がいいな。神様は今、不在だよ」
「神、?」
「僕は、悪魔という種族をしているものだ。僕は、死ぬのが怖い。死の卵で僕はいつか殺される……。ああ、そんなことよりもお腹が空いているよね?」
悪魔はじゅーっと音のたつような熱々のステーキをリンドの前に差し出した。
骸骨みたいにこけた頬をしたリンドは、よだれを垂らしてそれを食べた。
「うまい!!」
「ふふ。」
その悪魔は蛸のような黒い手を伸ばして卵を引き寄せた。
リンドはその卵から漏れる美しい青光に目を奪われる。それはどんな宝石よりも美しい青だ。
「それを持って逃げなさい。神様の理に死は存在しない。なぜなら彼が持っているからだ。死を盗んだはじめての人間という称号を君に与えよう」