狂信
机の上には紙が山盛りに積み上げられ、誰かが扇いでくれている風でわずかに音を立てていた。
ああ、いい。
やはり設計だ。楽しい。思っているものがそのまま形になっていく感覚は、やったものにしかわからないだろう。
時間の感覚が曖昧になっていた。
紙の上を滑るようにして鉛筆が線を描き、幾重にも重なった線が物に息を吹き込む。
戦艦を二隻作るのには、14万枚の図面が必要であった。金庫のなかは紙で一杯。これは外には出せない。読める人が見たらそのまま作れてしまうからだ。まるで魔法を使うための魔法の書みたいに。
我が親父どのは、真っ先に戦艦に目をつけていた。あの人は商売の天才である。奴隷が金になると分かったとき、あの人はまず船を買い上げ、海路を押さえた人だった。
奴隷を売るためには海を越えて行かねばならない。そのために父は莫大な財をなし、終いにはほぼ全ての奴隷の販売ルートを牛耳った。
その彼が、蒸気機関に目の色を変えてかじりついているそうなのだ。ここ数日間は戦艦に忍び込み、飲まず食わずで見ているそう。俺がいない間に。
父にはあの船が持つ意味がわかっている。
どんなに屈強な戦士が額に汗をかき、船を漕いでもせいぜいが6ノット。かの戦艦は普通に走るだけで20ノットでる。さらにその上があるが、それは図面にも書いていない。常によい製品というのは隠さされた武器を持つものだ。これを専門用語で安全率を高く見積もるという。
「人にはそれぞれ贈り物があるといいますね。では神様には何が送られたのですか。人間はその贈り物に気がつかずに死んでいくのに、貴殿はまだ先にいこうとする。」
「んあ。悪い。集中してた。ああ、紅茶が冷えてしまったね。」
「これはなんですか?」
怯えたように震える孤児院生の手には、110ccツーストロークガソリンエンジンの組立図が握りしめられていた。
それが本来書かれるのは数百年は後の世界である。
「あ、それね」
言葉がうまくでなかった。そんな力も残っていなかった。力は全て図面につぎ込んでしまった。図面は絵であり同時に言葉なのだ。
「師匠様。これは……これは、あまりにも我々に余る。紙に描かれたのは線ではありません。これは導きです。魂が宿っている」
見せるつもりはなかった。まだこれには肝心の燃料が手に入っていなかった。
だが時間の問題だとも思う。なぜならばパケ部族の戦士たちは松明に燃える黒い水を用いたと証言したからだ。
黒くて燃える水なるものは恐らく原油である。奴隷の島は、今や陸地そのものが宝の山と言うわけである。
「僕はとりつかれている。作らずにはいられない」
弟子はある時自分の首を掻ききった。
尊敬する師を永遠のものとしたかったのだ。
ただ、自分の青い胸の中で、指からこぼれ落ちていく水のように、逃がしたくはなかった。