赤き臓物
船を降りるときにも問題が起きた。
行く手を阻むのは、背に巨大な羽を持つ戦士。彼は筋骨粒々で、銀色の髭を三つ編みにし、香油でかおりづけまでやるほどの気合いの入れップリだった。ちなみにこの前腕をなくしていた子供の親だ。
親というのはどこの世界も面倒なものだ。めんどくさくて溜め息がでる。彼にとってはドナーの見つからない子供にたまたま合致する子供が現れたようなものであり、そしてそれはこの世界で奇跡となった。なってしまった。
もっと子供をよくしてもらおうと神様への賄賂を送ろうと言うのだ。
問題は俺は神様ではないし、例え賄賂を送っても天国への旅行券は配布できないことだ。正に詐欺である。
「言っておかなくちゃならないのですが、僕は神様ではありません」
ちなみに彼らが俺の話を聞くときのポーズというのは、頭を床に擦るつけての最敬礼となる。やめてほしい。他の人が見ているのだぞ。俺がやらせているみたいではないか!
そもそもだ。人間は奴隷を使っているから恨みをかっている。それをだ、この国でやられると他の奴隷にどんな顔で接しろと言うのだ。
ちなみに、荷物を下ろしに来てくれた我が家の猫耳メイドさんは、腕は止めないが耳はレーダーのようにしっかりとこちらへ向けている。猫は耳をほぼ120度近く回転させられる。それを左右に二つも持っている。怖い。
「神でないならば、太陽を作ることはできません!貴殿の体は人の形をしておりますが、本当は光の塊、太陽の化身に違いありません!その手から太陽を産み出すこともたやすいのでしょう」
どう説明しろと言うのだ。特定の物質はぶつけ合うと小さな粒が分離して、それが他の粒を破裂させ、その破片が……なんて目に見えない現象をどう伝えればいいのだ。
それは彼らからすれば魔法なのだった。
うーむ。どうやったら作り物だと信じてくれるのだろうか。
そもそも太陽がなにで出てきているか彼らは知らないだろう。やろうと思えば同じ反応を再現できなくもない……というか作れるな。太陽。
「うん、できる」
ぽつりと言葉に出してしまったもので、彼らは低い頭をさらに低く、床に叩きつけて拝んでくるのだった。しかも彼らの宗教的な儀式は生きた心臓を納めることによって完成するので、一人の戦士が躍り出でて、自分の胸に酒をかけ、自分でナイフを握ったので俺は怒った。
「命を無駄にするな!死ぬなら敵を10人殺して死ね!!お前には恨みはないのか!死んで悔しいという気持ちはないのか!嫁が殺されたのだろうが!」
誉めてほしい。心のない俺が精一杯頭を使って死なないでくれ、生きてくれといっているのである。そういう意味の言葉だった。
たとえそれを彼らに優しい口調で説いて聞くだろうか。いや聞かない。絶対に聞かない。
「君達を特別優遇にしようと思うから、部族名と人数と文化を述べなさい」
特別扱いしないと、彼らは勝手に敵をつれてきて処刑する。もーーーー。こっちの都合はお構いなしである。
彼らは正確にはパケ部族というのだそうだ。総勢46名。
太陽神を信仰していて、好む武器はこん棒。それも、こん棒の先に砕いた水晶や黒曜石を刺して敵を上空から急襲。ぶっ叩いて気絶させるか、又は敵の攻撃する意志を叩き潰すのが好む戦闘スタイルである。
殺さないのは捕虜をとるためで、捕虜は生きたまま祭壇に送られる。捕虜はそこで胸を開かれて、人間の中にある赤い塊、即ち太陽の象徴である心臓を取り出されて儀式が行われるのだそうだ。
彼らにとって戦争は儀式の一部であり、戦士は、それ専門の司祭を兼ねた職業とのこと。戦士は毎年一回、体の丈夫なものが選ばれ、特に神への信仰が高い傾向にあるとのこと。
「日蝕とかどうするの?」
彼らの顔は茄子みたいに青ざめた。青を通り越して黒くなっていた。
「やはり。それはもう54年前でしたね」
しまったと思った。人間の体だと54年前はまだ生まれてもいない。知っていてはおかしいのだ。むしろ、太陽という天体を崇めている彼らだからこそそれを伝承していたと言ってもいい。それは特に珍しい現象で、人が見れる可能性は非常に低い。
「その時、戦士が五人首をつり、貴殿への信仰に揺るぎがないことを示させていただきました」
「ごめん、あれですね、太陽が隠れてですね、こう、太陽と地球の間に月が入りまして、影になるんです。だからあれは」
「なぜ我々を見捨てることは造作もないとおっしゃられるのですか!」
「そうはいっていないでしょう!」
「おおかみよ!どうか!どうかお慈悲を!」
めんどくせぇな。人の話を聞かない。恋は盲目だというが、彼らは太陽に恋をしているらしい。
「いいですかよく聞きなさい。太陽を裸眼で見続けると目が焼けます。見るのはやめ……時々しにてください」
「ううううう。」
彼らは目が悪いものが多い。なぜそうなるのか分かった気がした。見すぎるのだ。太陽を。見るなとは言えなかった。明かりを求めるのは夜が怖いから。きっとそうじゃないだろうか。