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静かな故郷

 捕虜となった者達は、翼を広げると平均8~9メートルもあり、その長さは大の大人が両手を広げて横一列に4人並べた長さよりも長く、自分の体重とほとんど変わらない荷物を運ぶことができた。


 この翼の長さというのは日本で言うところのハンググライダーや、プロペラのついた戦闘機とほぼ同じ翼長であると言えばその大きさが伝わるだろうか。

 その上昇能力はすさまじく、艦を風向きに向けて10ノットほどのスピードで走ってさえいれば、ほとんど助走なしで空に飛びあがることができた。

 しかも彼等はゆうに数百キロを飛び、また帰ってこれると豪語した。


 これは大変な身体能力である。敵はこれほど優秀な輸送手段をみすみす一晩で手放した。


 初日にして戦闘継続能力を失ったと言ってもよいだろう。その一時間に命運は別れたのだ。輸送能力が物を言うのは近代戦での常識だった。第二次世界大戦で敵潜水艦に輸送船を沈められ、食糧等の補給を断たれた日本陸軍はそれでも作戦続行を決断した。結果として、酷い餓えに苦しみ兵隊は死んでいった。戦死した兵士よりも、飢えと病気で死んだ兵士の方が多かったというのである。


 敵はこの奴隷たちを武器だけでなく補給にまで酷使していたのだ。

 目の前に広がる密林はそう遠くないうちに骸で埋まる。恐らくそれは昨晩の戦闘によるものだ。


「君たちもう帰っていいですよ」

 少年はご飯ができたことを告げるように軽い口調で話した。


「我々は捕虜ですよね? そんなに簡単に帰していいんですか?」

と言った若い捕虜が年配の戦士に頭をしたたかに殴られた。


「ありがとうございます。それでは、故郷に帰らせていただきます。このご恩は生涯忘れません」


 その様子を間近で見ていた悪魔は驚き、主の顔色をうかがった。よかったと思った。笑っている。

 (あるじ)である少年は優しく、母のように慈悲深いが、一方で、非常に冷淡な一面を有していた。顔色1つ変えずに人も動物もなく殺すので、悪魔はそれが恐ろしかった。


(あるじ)様。よろしいので」

「うん、いいよ」


 暫く戦士達は戦艦の上をぐるぐると回って、全員が上がってくるのを待っていた。そして、ゆっくりと傷ついたものが登ってくると、東の空に向かって飛び去った。余程訓練を積んでいるらしく、美しい隊列を組んでの飛行であった。


「みすみす、敵に返してやることもないのではないでしょうか」

「大丈夫だよ。彼等は戻ってくる」


 悪魔は何を知っているのだろうかと思った。主人の冷酷なまでの冷たさと、人の心を引き付ける灯火のような姿と、そのどちらで見れば彼等は帰ってくると思ったのだろうか。

 冷たさも知っている。少年は意図的に敵軍人の捕虜を取らなかった。船にはまだ甲板に広いスペースがあったが、それでも乗せなかった。たった一人を除いて何十人もの兵隊が冷たい海で生きながら鮫に喰われた。

 恐らく、奴隷の扱いが悪かったからという理由だけでだ。この世界で奴隷は消耗品なのである。死んで当たり前。むしろ主人のために進んで死ぬ奴隷こそもっとも優秀なものとされ、子供に読ませる絵本にも同じことが書かれていた。

 なのに奴隷を優先する。これは暖かさだ。しかし、兵隊からすればこんなに冷たい敵も無かっただろう。

 その主人の言葉にはどんな意味があったのか。

 それを知るのは数時間後。


 言葉通りに戦士達はみんな帰ってきてしまったのである。


 彼らの帰る家はすでに燃やされ、守っていたはずの嫁や子供は殺されていた。そこに汚されたあとが見受けられ、これ見よがしに木に吊るされていたのだった。

 戦士は、囚われた家族を救うために必死で戦った。その結果、約束は嘘であり、子は死に、嫁は死んだあともいたぶられたあとがあった。子供を人質にされ言うことを聞かされたのだ。


 とるべき道はひとつしかなかった。彼等は泣き叫び、錯乱したようすで軍隊が憎いと甲板上を転げ回った。


 少年は送り出したときと同じ、全く変わらぬ笑顔で彼等を向かいいれた。


 悪魔はそれを少年が既に知っていたのではないかと思い、全身の毛が逆立つのを感じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 軍隊、と言うよりも……"ヒトの汚さ"を存分に知る、人間だからこそのモノか。 復讐心に囚われた存在程恐ろしいものはない。 何しろ、自身の死を恐れないのだから。 予想より遥かにデカイ存在で…
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