飛翔
生き残ったのは14人ばかり、一人を除いて奴隷だった。
生き残ったものたちは甲板に並べられ、すぐに服を脱がさせられた。体にできた傷を確認するためだった。生き残ったもののうち多くが、肩や顔、膝から下に砲弾の破片が食い込んでいて痛々しかった。それでも、それ以外の箇所に砲弾を受けたものは海のそこに沈んだのである。
奴隷が多く生き残ったのは、軍人を抱えて飛んでいたために、軍人が生きた盾となって破片を防いだからだった。皮肉なものだ。
「やはり体への防弾処理は必要だな」
船員は耳を疑った。奴隷は消耗品なのである。替えはいくらでもいる。現に、沢山の捕虜をとるのはその補充のためだと思っていた。いかに強い武器を使おうと、どんなに素晴らしい作戦をとろうと、誰かが死ぬ。それが戦場である。
「あの、捕虜はどこに入れましょうか」
「船室の下の方に寝かせればと思うのだけれど、どうでしょうか」
「それがいいでしょうね」
捕虜に船室を使わせるのかと奴隷達は驚いた。その上その少年は、自分の手で奴隷に包帯を巻きはじめた。
捕虜はその様子にすぐ心を開いた。
「ぼっちゃん、どっから来たんだい?」
「あ、いや、国の方から」
国と言えば、一つだった。あの忌まわしき奴隷で回っている国である。
「それは大変だったね。君はどこぞの方に買われたのか。ひとつお目通りをお願いしたく」
「あ、じゃあ今、話してくれればいいですよ」
「いや、さすがに、なんだ」
捕虜といえどもきちんと交渉せねば、今後の扱いが変わってくる。捕虜が食事をもらえることは希であり、水さえ貰えないのが普通だった。そういうのをもらえるのは解放されるときに見映えをよくするためか、殺される前日に良いものを食わせてやるような場合だけだった。だから、少しでも仲良くしたいと考えるのが普通なのだが少年はそれを理解していないようだった。
「一応は僕が一番ということになっていますが」
「そりゃ、この甲板上ではそうだろうが、艦長はいないのか?」
「あ、艦長ですね。少々お待ちを」
やがてやって来た艦長は顔を青くしていた。捕虜となった奴隷達は、勝ち戦というのになぜそんなにもと思ったのだが、恐らく初陣で心を痛めたのだろうと思った。人を殺したのは初めてだったのだろうと。
「すまないが、捕虜を大切に扱っていただきたい」
「いいか。君たちのために言うが、ここにいる人が私たちの雇い主だ」
その少年は背丈が小さく、風が吹けば飛びそうなほど手足が細かった。少女と紹介されても疑わなかっただろう。
奴隷達は、誰一人としてそれを信じなかった。ばかされているのだろう、捕虜だからと暇潰しにされているのだろうと思った。
だが、違った。
捕虜となったアフは空で死ねるならば本望だと思っていた。例え魔法で打ち落とされたとしても、それは自らの腕がなかっただけで、納得して死ねただろう。
しかし、その晩、身に受けたのは音と衝撃の嵐で、ほとんど切りも身になって落ちたためにあちこち打ち身をしていた。だが、羽だけを折らずに落ちたのは厳しい鍛練の賜物だったと思う。
だから捕虜となっても逃げ出す機会を今か今かと待っていた。清々しい朝が来たその時、決行された。
見張りの金切り声も置いていくような速度で舞い上がったアフは、自分の身体能力に自惚れた。これならば、どんな魔法も追い付けないと思って広い空をめがけて突き抜けるように飛び上がったのだった。
追っ手がいないか今しがた飛び立った船をみると、息を飲んだ。
あまりにもそれは大きかった。帝国のガレー船の数倍、いや、数十倍はあろうかという巨大な船からモクモクと黒い煙が上がっている。そして鐘の音が響いた。
それは昨晩聞いたばかりの音である。
自分達がいったい何に攻撃を仕掛けたのかを知り、アフは震え上がった。
力が違いすぎるのだ。
その朝日に照らされた姿は、まるで島。これをどう沈めろと言うのだ。
アフの頭上で爆音と黒煙が広がった。
背中に火を押し付けられたような熱を感じで急降下をすると、船に突き刺さった針が一斉にこちらを見ていた。みれば、その一つ一つには人がとりついていてこっちを睨んでいる。体を水柱が包んだ。
それは外れた砲弾が海に落ちて水柱が起きているためだった。
海面に強く体を打ち付けたアフは、ほとんど気絶しかけた頭で、大人が子供に殴られているのをみた。
「捕虜に弾を撃つとは何事か! ただ飛んでいた、それだけで君は撃つのか!降伏したものをうつな!」