黒き猛禽のごとし
俺が甲板によじ登って服を脱ぐとギャーっという悲鳴が上がった。
船員の半分は女性である。配慮が足りなかった。しかし、ここは戦場である。今、頭から死の灰を浴びた。だから体をきれいにすることは一秒でも早くやるべきである。
死の灰とは、放射性物質を含んだ降下物のことで、今回使用した核爆弾の場合、その核心であるウランの殆どは反応せずに四散するため、これが降ってくる。
体を洗うときは頭のてっぺんから馬を洗うためのブラシでガーッと徹底的に洗う。それはもう血が出るほど強く擦っていく。本当はガスマスク等の防護服が必要なのだが、ここにはゴムがなかった。この南の島ならばあるいは、と思っていたが、それよりも先に問題が起きた。
俺が狂ったように体を洗うのを見た奴隷達は恐ろしいものを見たと言う表情で口を手で押さえていた。その表情は悲痛であり、涙ぐんでいる者もいた。
実際に奴隷たちが感じていたの疎外感である。自分達と近くにいたために主人は体を洗っている、それもお風呂に行く前に体を洗っているのだと思った。
少年の体を指先から延びた獣の皮膚が覆っていった。特に手がひどく、烏のような不気味な爪が生えた。
空には生き残った軍人が単機でこちらに向かって飛んできていた。二人羽織りといって、上着を二人で袖を通す日本の伝統芸能とちょうど同じような形で奴隷に運ばれる軍人は手に槍を持っていた。
空を飛んでいるので、大きなキノコ雲を越えてきたのだが、それこそがこの毒の始まるところなのである。しかし、敵の兵士は逃がすものかと思って単身突っ込んできたのだろう。
甲板には生臭い潮風が吹いていた。船員達は針ネズミのように甲板に並べられた5インチ砲にとりついて空をつくように砲身をあげた。
「撃たなくていい」と俺はいった。
「それでは艦が攻撃にさらされます!」
「向こうだって敵わないのは分かっている。それでも向かってきたんだ。死ぬ気だ。当たらないよ」
俺はため息が出た。よくもまあ、核の爆発を乗り越えて向かってきた。あの死の灰を浴びて、なお、進む。敵はまだこれから何が起きるのか知らないだろうから、わざわざ特攻紛いのことをするのは、命を無駄にするためではないだろう。
ついに攻撃を受けず、彼らは艦上に降り立った。しかし翼を持っていた奴隷は既に虫の息で、真っ黒になった顔から血をだらだらと流している。運んだ軍人は大砲を向けられていると言うのに何やら叫んで槍を構えていた。
血を流してもなお、軍人の楯になろうと立ち上がった奴隷に、船員達は感嘆の溜め息をついた。
それもそのはずで、その奴隷は現地部隊の精鋭で、子供の命を人質に取り立てられた本物の戦士だった。
ただ悲しいことにその役目とは軍人を運ぶこと。そして楯となって死ぬことなのだった。
軍人は訓練不足の指揮官で、怒鳴り散らして槍を構えるばかり。
「ガキが大切じゃなかったのか!おまえ!俺を守れ!本隊のガキが殺されるぞ!」
最後は信管を抜かれた5インチ砲の直撃で仕留めようと狙われたが、それでも奴隷が楯になろうとするのだった。
「子供はどんな特徴がある?」と俺が聞くと奴隷は俺をキッと睨んだ。
言葉がわからないかと思ったが、やがて口を開く。
「私のように大きな羽のある勇士だ」
「町から助けた20人。すべて子供だ。そのなかにあなたの子供がいるかもしれない。それに、ここでは誰も見ていないぞ」
軍人の首が落ちた。
顔には猛禽の鋭い爪が食い込んでいて、即死だった。手にかけたのは先程まで楯になろうとしていた奴隷である。
船員はその姿を見て戦慄した。
獣の血が濃いものは決して人になつくと言うことはない。よくて見世物小屋の檻の中。軍がその奴隷に言うことを聞かせるために用意したのは2万の狩人。そのほとんどを消耗してやっと子供をさらい、言うことを聞かせたというのに、この主人は一言二言言葉を交わしただけで、言うことを聞かせてしまった。
もはや、カリスマなどの範囲ではない。言ってほしいこと、そのままに付き出してくるそのやり方は、大人が子供を言いくるめるようなものだった。
戦士は全裸の子供の前に突っ伏して足をなめた。
「いきているんだな!!!いきて!!」
「それは自分の目で確かめてほしい」
戦士はほとんど転がるようにして船室に入った。それから叫び声のようなものをあげて一人の子供を抱き上げた。
子供は既に両手が切り落とされていた。