水桶
あの爆発を生き残った人々は、その少年を見てすがり付いた。
奴隷商の少年は子供のように屈託のない笑顔で、水桶を持っていたのだった。美しい真っ白な絹の服を着て、プラチナブロンドの髪で、水桶を持っていた。
あの爆発を生き残った人々は、多かれ少なかれ火傷をおっていた。ひどい火傷をおうとひどく喉が乾く。だから、目の前でその少年に悪魔が土下座をしているのも気にならないほどに、その水がほしかった。
「みじゅごぐれ……みじゅごぐれ」
水をくれ。その言葉を聞いて、目をギョロりと動かした悪魔は、その人間を突き飛ばそうとした。しかし少年は、さっと近づいて化け物のように体が変化した被害者を抱き締めて水を飲ませた。まるで、その溶けた体を嫌悪していないような姿である。彼らは、何十人もの治療を行った医者が裸足で逃げ出すような状態で、人の形を保っていない人も多かった。生きながら死んでいる。
抱かれた被害者は嬉しそうに目を細めて水を飲んだ。そして、数分もたたないうちに死んでいく。勿論、水にはなんの毒も入ってはいなかったが、身体中を焼かれた人にとってそれは甘美なる毒であった。喉が潤うと安心し、腕の中で死んでいった。
次は口が溶けてタコの口のようになった人がきた。少年は少し口に注いでやり、その人もありがとうといって旅立った。
あっという間に死体の山ができていった。
「我らが死よ。冷たい死よ。そろそろよろしいのではないでしょうか」
悪魔は恐れていた。この世界全てを死で包んでしまいそうな恐怖を感じていた。死は、痛みに喘ぐものにとっては正に救いそのものであった。
「この人たちは残念だけど、治療のしようがないんです。だから楽にするんです」
「ですが……。酷では」
「君は悪魔ではないか。変なことをいう」
少年は死体を抱きながら雪のように灰の降る丘を眺めていた。その表情は美しい顔立ちもあいまってまるで人形のようだ。沢山の命を奪ったにもかかわらず、泣くわけでも、笑うわけでもない。ただ、自分の仕事を眺めているような仕草に、悪魔は身震いした。あまりにもその横顔が美しかったのだ。正に人ではない何かだ。
「ほら、並べ!」
悪魔の叫び声に震え上がった生き残り達は、一列に並んでいたが、さらに体を固くしてピンと立った。半分は震えていて小便を漏らしているものもいた。
立たせられていた奴隷達はみんな足元を見て吐きそうだった。
なぜ足元を見るのか。目上の人の顔を見ればどんなことになるかわからない。相手は神を名乗る存在であり、神様は普段姿を見せない上、沢山の人の命を奪う存在である。奴隷にも信仰はあったが、神様は過酷な状況から救ってくれる存在ではなく、人生の試練を与えてくる存在だった。
下を見ていたために、その足だけを見た奴隷の少年は神様の足が自分の物よりも小さいことに気がついた。みんなが履いているような木製の靴でも、奴隷のような裸足でもなく、黒い柔らかそうな靴を履いていた。灰色のなかにピカピカ光る黒い靴。それが少年の見た神様の姿である。
神様は値踏みをされている。勘定されているのは自分の命。少なくとも奴隷達はそう感じた。