お言葉
仲間たちの落ち込みというのはすさまじかった。
まるでそれは地獄の門の前に来てしまった大罪人のようであったし、砂漠の真ん中に置いていかれた旅行客のようでもあった。
「この国では奴隷に人権は無い。それは分かっていたことでしょう」
「分かっていますよ……分かっていますが……」
奴隷は目を見ればわかると言われていた。奴隷はいつも地面ばかりを見ていて、何時怒られるのかとびくついてばかりいる。
これが同じ人間だろうか。
これではまるで自分の首を切り落とされるのを待つ牛や豚と同じだ。俺たち人間はそういう生き物とは違うだろうに。
「人の価値という物が、奴隷かそうでないかで決まると思うか」
奴隷の方々は耳がいいので俯いていてもこちらに興味を示すのが良く分かった。店で働いている奴隷達も耳を貸していた。
「本物の美しさが、身につけている物で決まると思うか」
店の店主が、ひどく焦った顔で鞭を振り上げている。
その下にはまだ髭も生えていないような青年が怯え、涙ながらに許しを乞うていた。
「鞭を恐れるな! 本当に恐れるべきは恐れその物だ!!一生!!ここでそうして生きているつもりか!!俺はこの地に奴隷をなくすために来た!その目的のために命をかけられるものは今ここで集まれ!」
人だかりができる。はずもなく。
人というのは、それほど簡単に命を差し出せるわけではない。家族や、自分の人生が大切で、他のことは二の次である。中には命が危険にさらされているというのに同じ生活を繰り返す人間も多い。
俺は作った笑顔をそっとしまって自分の船の方に向かって歩いた。
連れて来た奴隷達は皆無言であり、その沈黙がほんの少し心に刺さった。
奴隷制度は良くない。それを分かっている買い手も中にはいる。たとえば、動物を飼うときに、その生き物が死ぬ瞬間まで考えている人は良い人間だ。例えば犬猫が生きるのは十年ぐらいのことだが、奴隷は60年生きる。その未来を知りながら買う人は、大抵奴隷の労働力が必要であり、その人の人権その物を踏みにじりたいわけではない。
では、あの鞭を振り下ろすやり方はどうだろうか。
あれこそがもっともやってはいけないやり方なのだ。
ひどく心が傷ついた青年が大人になった時、誰を恨むだろうか。きっとそれは年老いて老木のようになった飼い主その人で、その人を殺すために何でもするだろう。たとえ、その事で自分がつられようとも殺してしまう。
厄介なことにその飼い主にも家族がいて、その家族は同じ奴隷という理由だけで自分の家の奴隷の皮を生きたまま剥いでしまう。
残酷だが実際にあったことだ。そしてこれからも起きることだ。
「ぼっちゃん。もっと、お言葉を頂けませんでしょうか。ここにいる皆同じ考えと思います」
「お言葉?」
「はい」
人を見る時は目をみることだ。もしそこに強い意思があるならばその目は燃えて見える。俺には感情が分からないので、目から入って来た情報を読み取るほかはない。
しかし、その静かな深海のように黒い目には、吸い込まれそうな空洞を見るだけだった。
何を言われたいのだろうか。想像するほかはない。
まあ、先ほど見た光景から想像するに、彼らは怖いのだろう。自分が鞭うたれるのではないかと。そう思った。
「いいかい、よく聞いて。あれを見てどう思ったか。それを忘れてはいけない。今選択肢は三つある。あれを今後一生見続けるか、それとも見なくて済むようにするか。一番いけないのは見もせず、聞きもせず、蓋をして知らないふりをすることだ」