第6話 セルジュ・ボルテール
「お待ちしていました。アンジェリク」
青年はにこりと笑った。
背の高い人だった。
肩にかかる長い髪は金色。瞳の色はサファイアのような深い青。柔和な表情を浮かべた顔は、お伽噺の王子のように美しい。
聞いてない……。
貧乏伯爵がこんな美形だなんて、誰も言わなかった。
アンジェリクは絶句した。
頬がみるみる熱くなっていく。
自分の中にも、こんな感情があったのだと驚いた。
物心ついた時にはエルネストとの結婚が決まっていた。公爵家の跡取りとして第二王子を迎える。どこにも逃げ場のない決められた人生。
恋など、初めから諦めていた。だから、誰かを見て心をときめかせたこともない。
愛だの恋だのは、甘いお菓子のようなものだと思っていた。
自分は、肉派だ。
ガッツリ食べてもりもり働くのが一番だ。
ずっと、そう信じてきた。
それがよもや、イケメンセンサーに反応して赤面する日がくるとは。
ビジュアルだけでときめくなんてバカのすることだと毒づいた過去を謝りたい。
ほんとに、謝りたい。
「はじめまして。城主のセルジュ・ボルテールです」
「は、はじめまして……」
セルジュが近づき、跪いてアンジェリクに右手を差し出した。
その手に自分の手を預け、軽い接吻を受ける。
心臓がドキドキした。
「どうぞ。城の中を……」
言いかけて、セルジュは「ああ、そうだ」と笑った。そして、おもむろにアンジェリクに近づき「失礼」と言ったかと思うと、アンジェリクを抱き上げた。
「な、何を……」
「花嫁が最初に家に入る時は、夫が抱いていくという習慣が、どこぞの国にはあるらしいのです」
「でも、ここは……」
「幸せになれるんだそうです。そう言われたら、やっておきたいじゃないですか」
細く見えるのに、軽々とアンジェリクを抱き上げた身体は思いのほかしっかりしていた。
「落ちないように、手を肩に回して」
言われるまま広い肩に腕を回す。胸を押し付けるような格好になり、セルジュが一瞬、ドキッとしたようにアンジェリクを見下ろした。
その目を見ただけで、アンジェリクもドキッとした。
なんだろう。
この、突然の甘い空気は……。
慣れない状況に動揺し、動揺している自分に動揺した。
常に沈着冷静と言われるアンジェリクには、動揺するという状態が、すでに動揺するに十分だ。
赤くなって視線を彷徨わせる主を見て、侍女も目をぱちくりさせている。
アンジェリクと目が合うと、なぜか侍女は涙ぐんだ。なにやら感激しているようだ。
実にロマンチックな雰囲気の中、アンジェリクはセルジュに抱かれて城の中に足を踏み入れた。
そして一気に夢から覚めた。
なんなんだー、この廃墟は!
たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。
下にある★ボタンやブックマークで評価していただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。