第44話 ドラゴン便
ブールに戻ってから、アンジェリクとセルジュは父たちから譲られる領地について検討した。
「王都に近い領地だったら一か所、ほかの領地をいくつか跨ぐような田舎なら二か所選んでいいってお父様が言ってたわ」
「うちは元ボルテール伯爵領をそのまま取れって言われた。エスコラに接するバルテと王都の二つ隣のリボー。王都の外れにある祖父の城もくれるらしい」
図書室の机の上にはアルカン王国全土を記した地図が広げられている。
各地に広がるモンタン公爵領の上に、それぞれ小石を一つずつ置いて、アンジェリクは考えた。
「お城は広い?」
「バルニエ家の半分くらいかな」
「十分ね。だったら、王都の近くに領地はいらないわ。海辺のルフォールと、西の端にあるワロキエをもらいましょう」
ほかの石をどかして、ルフォールとワロキエ、バルテ、リボー、そしてブールと王都に石を置き直す。
東西南北と国の中央付近。
それぞれが遠く離れた領地を見て、セルジュが首をかしげた。
せっかく選べるのなら、隣接する領地をもらったほうが管理が楽だ。
「そんな僻地ばかり選んでどうするの?」
「荷物を運ぶの」
「え……?」
モンタン家のフクロウ便は急ぎの書簡などを届けたい人たちに重宝されているが、いかんせんフクロウなので大きな荷物は運べない。
「ドラゴンなら運べる」
「ドラゴンで?」
「急いで届けたいものを運ぶの。馬車でも運べない大きなものも運べるし、馬車の何倍もの速さで運べる」
一瞬、戦争のことが頭をよぎったが、今のところアルカン王国の周辺は平和だ。
武器の輸送については考える必要はないだろう。
もっと平和的な、みんなに喜ばれるものを、ドラゴンたちには運ばせたい。
「ワロキエと接するアルムガルト大公国の特産品の花や、ルフォールで獲れる海辺の魚介類を定期的に王都に運んでもいいし、頼まれた荷物を運んでお金をもらってもいい。ドラゴンたちが嫌でなければだけど」
「ドラゴンは飛ぶのが好きなんだ。むしろ喜んで飛ぶと思う」
人を驚かせないように、そして、驚いた人間によってドラゴンを駆逐の対象にされないように、今はまだ、ドラゴンたちはブール城の周辺だけを飛んでいる。
王都へ行ったのは例外中の例外だ。
(あんなに、飛べるのに……)
「みんなが、ドラゴンを見ても驚かなくなって、荷物が来るんだな、何かなってわくわくするような世界になるといい」
「アンジェリク、きみは、本当に……」
セルジュはぎゅっとアンジェリクを抱きしめて、小さな子どもにふざけてするように、鼻や頬や額や瞼、そこらじゅうにキスの雨を降らせた。
最後に少し長いキスを唇にもした。
「愛しているよ、アンジェリク」
夫婦なのだから慣れているはずなのに、なんだかドキドキしてしまった。
「まだ、いろいろ考えなきゃいけないことはあるけど」
フクロウ便との併用も進めれば、外からの依頼を処理するのに役立つだろう。
「ドラゴン使いも増やさなきゃいけないな」
「そうね」
「あれは、誰にでもなれるものじゃないからな……」
すっかり慣れて大人しいラッセやサリでも、実際には簡単に人を殺せる。
そのことを理解して、それでも正面から信頼を勝ち取る覚悟と気概のある者にしかドラゴン使いは務まらない。
生き物が好きで、体力があり、肝が据わっていないと無理だ。
「一人、候補者がいるんだけど」
「きみの知り合いにかい?」
「知り合いというと、少し違うけど……」
アンジェリクはセルジュを伴って近くの畑に向かった。
城が所有する畑で、ふだんはジャンたちが手入れをしている。最近は経済的に余裕が出てきたので、下働きの男を増やして、彼らにも手伝わせていた。
そのうちの一人に声をかけた。
「エドガール」
振り向いた男を見て、セルジュは「あっ」と声をあげた。
「おまえは……!」
「エドガール・バルト。いろいろ思うところはあるけど、肝が据わっていて、体力があるのは確か」
「いつの間に……」
「あなたがブールに戻ってる間に、お買い物やお友だちとのお茶ばかりしてたわけじゃないってこと」
父に頼んで、バルトの身柄を引き渡してもらった。被害者である父が「死罪は無用」とする書類にサインして、代わりに監督する権限をもらってきたのである。
アギヨン牢獄から出たバルトに、家族のことを伝え、マリーの病気が治ったらブールに連れてくることも約束した上で、とりあえずブールの城で働かせていた。
「エドガール、あなた、ドラゴン使いにならない?」
「俺は、あんたがなれと言ったら、何にだってなる」
「じゃあ、ドラゴン使いになりなさい」
「わかった」
ちょっと扱いにくいかもだけど、と小声でセルジュに言いながら踵を返すと、背中にバルトが声をかけた。
「感謝してる。俺は、生涯、あんたに忠誠を尽くす」
アンジェリクは、振り向いて「大袈裟ね」と笑った。
セルジュは、「なんだろう。妬ける」と少し不機嫌になった。
「あ……」
城に戻る途中で、アンジェリクはお腹に手を当てて立ち止った。
少し前から、おや? と思うことはあったが、今のははっきりわかった。
「何?」
心配そうに見下ろしてくるセルジュに「動いた」と言って笑う。
セルジュが慌ててかがみこみ、少しふくらみはじめたアンジェリクのおなかに耳を当てた。
「何も聞こえない」
「音はしないんじゃない?」
「そっか」
夏が来る頃には会える。
「どっちかな」
「どっちがいい?」
「きみにそっくりな女の子がいいな」
「嫌よ」
「どうして?」
アンジェリクはきゅっと口を引き結んで口角を上げた。それからセルジュの腕に自分の腕を通した。
この人を独り占めできるのも、あと数か月。
今は思い切り甘えさせてもらおう。
もうすぐ麦の刈り取りだ。
新しい畑も増えた。
秋に蒔く分は小麦を増やして、来年刈り取ったら王都に売りに行く。今年の分も少し売って、宣伝してくる。
新しくもらう領地はどこも豊かだから、きちんと管理していけば心配はいらない。
そして、何年後かには……。
セルジュのドラゴンたちが王国の空を悠々と飛んでいる姿を思い浮かべ、最愛の夫に告げる。
「ドラゴン便。きっと、成功させましょうね」
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