第41話 二人の公爵
セルジュの父、バルニエ公爵がモンタン公爵家を訪れたのは、アンジェリクが王との謁見を済ませた三日後のことだった。
「コルラード、大変なことであったな」
「フェリクス、わざわざすまない」
周囲にはあまり知られていないが、学園で共に過ごし、大貴族として多くの領民を治める者同士、モンタン公爵とバルニエ公爵には深い親交があった。
六年前に妻を亡くして男やもめとなったモンタン公爵が、二年前に同じ境遇になったバルニエ公爵の心の支えとなってからは、さらに親しく交流している。
ただ、強大な力を持つ者同士が頻繁に会うと王宮がざわつく。その点に配慮すると、なかなか思うように会えないのがつらいところだった。
親しいことをあまり大っぴらにできないのが、もどかしい。
「セルジュとアンジェリクはうまくやっているようだ」
「そのようだな。孫も生まれると言うし。コルラード、おまえにとっては初孫だな」
二人の中年男性がウキウキと会話を始める。
実のところ、アンジェリクが生まれた時に、一度バルニエ家とモンタン家の間では、セルジュとアンジェリクの婚約の話が持ち上がっていた。
しかし、承認を受けようとしたところ、当時の国王が難色を示したのだ。
国でも一、二を争うバルニエ家とモンタン家が結ぶことは、王室への脅威になると判断したからだった。
その後、王が変わり、アンジェリクと第二王子エルネストとの婚約話が持ち上がった。王室への忠誠を示すためにも、これは受けるしかなかった。
一方、バルニエ家では、優秀な成績で学園を卒業するかと期待したセルジュが、突然エスコラに行くと言い出し、ついキレてしまったフェリクス卿が、どうしても行くなら勘当だと啖呵を切るという出来事があった。
いつまでもドラゴンにうつつを抜かしていたのでは困ると思ったのだ。
これで諦めるだろうと思ったフェリクス卿の期待に反して、セルジュはあっさり勘当されて出ていってしまった。
セルジュの母はボルテール伯爵家の一人娘で、本来なら婿養子を迎えたいところを、そのあまりの美しさに一目ぼれしたフェリクス卿がゴリオシして妻にした人だった。
そして、セルジュは伯爵家の跡取りにする予定だった。
「なのに、あの野郎、とっとと勘当されやがって」
「おまえがキレるからだ」
「でも、まあ、結果的には、それでうまくいった」
二年前、母親の急死を知って帰国したセルジュは、しばらくするとふらりとどこかへ行ってしまい、さらに少し経ってから、唐突にブールの税収人をクビにしろと言ってきた。
ブールは元々ボルテール伯爵領だったのを、先代伯爵が亡くなった際に一時的にバルニエ領に組み入れた領地で、フェリクス卿としてはイマイチ身を入れて治めていなかった。
痛いところを突かれたフェリクス卿だったが、ここはセルジュに爵位だけでも押し付け……継がせるチャンスだと気づき、勘当は解かないまま領地と爵位を丸投げした。
特に当てがあったわけではないが、結婚相手にも口を出すと言っておいた。貴族であればふつうのことだからだ。
昔から、セルジュはブールが気に入っていて、しょっちゅう遊びに行っていた。だからなのか、思いのほかあっさりとその条件を受け入れた。
チャンスが訪れたのは去年の春先のことだ。
こともあろうに、あのアンジェリクが学園で悪事を働いていたという噂が立った。
成り行きを見守っていたコルラード卿とフェリクス卿の二人は、なぜか癇癪を起したエルネストが、アンジェリクとの婚約を破棄し、王都から遠く離れたところにやってくれと王にダダをこねるのを聞いてしまった。
忙しい王は、エルネストに仕事の邪魔をされるのを好まない。
国の統治に大きく影響しない限り、適当に我儘を聞き流す傾向があった。
コルラード卿はすかさず、婚約破棄はやむを得ない。ヴィニョアの先の最も北にあるブールという辺境に、年頃の合うボルテール伯爵というのが余っているようだから、そこに嫁がせようと思うと、王に伺いを立てた。
おまえがそれでいいならと王は言い、エルネストとアンジェリクの婚約は破棄になり、急遽作らせたセルジュとの結婚の証文にも王はポンと玉璽を押した。
心でガッツポーズを決めるコルラード卿。フェリクス卿は何も知らない顔を通した。
急げ急げと、翌日にはアンジェリクをブールに送り出した。
賢いアンジェリクが自分の無実を証明する時間を与えてはいけないと思ったのだ。
「うまくいったなぁ」
「王をだましたようで申し訳ないが、我らには、結託して王家を倒そうなどという意思はこれっぽっちもない。重要なのはそこだからな」
「現王ならおわかりくださる。だが、我々も、忠誠を欠いていないことを示すために、少し領地を減らさねばな」
「それにしても、うまくいったなぁ」
キャッキャウフフと盛り上がる偉大なる公爵たち。
「アンジェリクたちはよく領地を治めているようだ。ヴィニョアの領長が嬉しそうに報告してくる」
「うちのバカ息子も、やっとドラゴンから卒業したか。親になるのだしな」
「そのことなんだが……」
コルラード卿はかすかに眉をひそめた。
「従僕たちがドラゴンを見たとしきりに言うのだとフレデリクから報告があった。一人や二人ではなく、恐ろし気に顔を引きつらせて、大きさや色などを詳細に語るらしい」
「ドラゴンなど、伝説の生きものだろう」
「セルジュはエスコラにドラゴンの研究に行ったんだろ。エスコラにドラゴンがいるというのは、本当なんじゃないか?」
「まさか」
フェリクス卿は一笑に付した。
「ところで、アンジェリクの身体は大丈夫なんだろうな。馬車の長旅で、万が一のことが……」
「フェリクス! そうだ!」
「な、なんだ」
「アンジェリクは、ドラゴンに乗って飛んできたと言っていた!」
ちょうどその時、バルニエ公爵の来訪を知ったアンジェリクが挨拶に来た。
「こんにちは。お義父様」
「アンジェリク。きみに父と呼ばれる日が来るとは、なんと嬉しい……」
挨拶の途中でコルラード卿が割り込む。
「アンジェリク、おまえ、ここまでドラゴンに乗ってきたとか言ってなかったか」
「乗ってきたわよ。空の上はとても寒いんだけど、馬車みたいに揺れないし、温かくしてきたから平気よ」
「ドラゴンが、いるのか?」
「ええ。飼ってるの」
「飼ってる?」
「三匹いてね。みんな、とても可愛いのよ。ここまで運んでくれた子はラッセって言って、一番大きい男の子。後はサリとブランカっていう女の子がいて、サリはラッセの奥さんなの。ブランカはまだ子どもだけど、お手伝いをよくするのよ。サリとラッセにはね、なんと、もうすぐ赤ちゃんが生まれるの!」
「へ、へえ……」
コルラード卿は、狐につままれたような顔で曖昧に頷いた。
「忙しいと思うけど、今度ブールに来てよ。ラッセたちを見せたいわ」
鱗の色や大きさを詳細に、実に嬉しそうに語るアンジェリクに、「うん」とか「へえ」とか返事をしながら、コルラード卿、そしてフェリクス卿の頭の中にも、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン……と、呪文のように同じ言葉がぐるぐる回っていた。
「そうだ。結婚式をしよう!」
突然、バルニエ公爵が叫んだ。
「王都で盛大にパーティーとパレードをして、その後、ブールに行こうじゃないか」
「フェリクス、おまえ、セルジュを勘当してるんだぞ。それに……」
「勘当は解く! 領地も好きなところを分ける。それで、王も安心するはずだ」
すっくと立ちあがり、宣言した。
「私は、堂々とアンジェリクの義父を名乗りたい。孫だって、抱きたいのだ」
「そ、そうか……。まあ、セルジュがボルテール伯爵だと王に知られた以上、そうするのが一番よいかもしれぬな」
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