第3話 妹たちへ
アンジェリクは城の東側にある妹たちの部屋に向かった。
アンジェリクには十四歳のマリーヌと十歳のフランシーヌという二人の妹がいた。
マリーヌは母親譲りの金色の髪と青い目を持ち、フランシーヌはアンジェリクと同じ栗色の髪とはしばみ色の目をしていた。
六年前に流行り病で母を亡くしてから、アンジェリクが母親代わりに面倒を見てきた可愛い妹たちだ。
母は元々身体が弱く、子どもたちの世話は侍女が全て取り仕切っていた。だから、母が亡くなっても暮らしが大きく変わることはなかった。
それでも、やはり悲しいし寂しい。
ちょっとした相談事や悩み事を打ち明ける相手が欲しい時もある。
アンジェリクは二人の話し相手になる時は、母のことを思い出して、なるべくゆったりした気持ちで丁寧に相手をするよう心掛けていた。
ふだんのアンジェリクは少しテキパキ、サバサバしすぎていると、よく友人たちや侍女たちに言われていたからだ。
「マリーヌ、フランシーヌ。落ち着いて聞いてね」
ちょうど三時が近かったので、お茶の用意をしてもらって二人と向かい合った。
「お姉様、さっきシャルロットからおかしな話を聞いたの」
「お姉様がみんなに意地悪をしたって、シャルロットが言うの」
シャルロットは父の弟バラボー子爵の第二令嬢で、アンジェリクたちにとっては従姉妹に当たる。年はアンジェリクと同じ十八だ。
アンジェリクと同じように今年で学園を卒業するが、まだ誰とも婚約していなかった。
学園の令嬢の中では少数派だ。
バラボー子爵の城は王都の外れにあり、シャルロットはしょっちゅうモンタン公爵家に立ち寄っていた。
学園は王都の中心にあり、モンタン公爵家の城も中央地区にあったからだ。
中央地区にはドレスや扇を扱う店が多く集まる。そこで買い物をするのに、いちいち城に戻るのは時間も無駄だというのがシャルロットの言い分だった。
だが、ついでに代金の支払いをモンタン公爵家に回していることをアンジェリクは知っていた。
一度父にも話したが、四人目の娘のようなものだと思えばいいと笑っただけだった。
豊かな領地を持ち、農産物や酪農品だけでなく、その加工品の販売も領民たちに指導しているモンタン公爵家は、はっきりいって抜群の経済力を持っている。
ドレスや扇の一つや二つ、余分に請求されても痛くもかゆくもないのはわかる。
でも、それとこれとは、やはり別な気もする。
アンジェリクやマリーヌ、フランシーヌでさえ、領民のために必要な病院や保育施設の慰問を欠かさないのに、シャルロットはそういったことは何もしていない。
やるべきことをやらないのに、使うものは使うというのは納得がいかなかった。
とはいえ、アンジェリクばかりがうるさく言ったところで仕方がない。
告げ口のようで気分も悪いし、事実だけを伝え、後のことは父に任せてあった。
「シャルロットは、お姉様とエルネスト様の婚約も中止になったって言ってたわ」
「嘘よね。エルネスト様をお婿さんに迎えて、これからもお姉様はお城にいるのよね」
「マリーヌ、フランシーヌ。聞いてほしいのはそのことなの」
アンジェリクは言葉を選んで二人に告げる。
「私は明日、ブールにあるボルテール伯爵のところへ行きます」
「明日? それでいつ帰ってくるの?」
「当分、帰ってこないわ」
フランシーヌの顔が不安そうに歪んだ。
「私がいなくてもしっかりするのよ、フランシーヌ」
「お姉様……」
「マリーヌも、フランシーヌをお願いね。二人でいれば、きっと大丈夫」
何かあったら手紙を書くようにと、優しく言い含めた。
ブールの近くにもモンタン公爵の領地はあり、馬車便で手紙のやり取りをすることが可能だった。
それに、緊急の場合にはフクロウ便もある。
「オウルの使い方はわかるわね?」
二人は頷く。
領地を国のあちこちに持つモンタン公爵家では、よくしつけたフクロウを使って書簡のやり取りをしていた。主に自分たちの仕事のための伝達手段だが、料金を取って客の手紙を届ける商売もしていた。
それぞれの中継地に専門の飼育員を置いているので、費用はそれなりに高い。それでも伝達の早さは群を抜くので、バカにできないくらいの需要があった。
アンジェリクたちが使うには父の許可が必要だ。
許可を待てないような緊急の場合には、客としてお金を払う。
アンジェリクはそれを二人に確認したのだ。
「ふだんの手紙は、馬車便で出したらいいわ。時間はかかるけど、モンタン家の馬車便なら途中で届かなくなることはないから」
「お姉様も手紙を書いてね」
「ええ」
必ずよ、と念を押され「落ち着いたら、必ず書くわ」と微笑んだ。
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