第20話 蜜月
その夜、セルジュとアンジェリクは初めて「そういうこと」になった。
ブリアン夫人の言葉を借りれば「夫婦として結ばれた」のだ。
恥ずかしくて、きっと真っ赤になっていたと思う。
初めてのキスは夫人から聞いていたよりもずっとロマンチックで、その先のあれこれは少しだけ怖くて、だけどセルジュが優しくしてくれたから、安心して任せることができた。
ちゃんとできたことが嬉しくて、なんだか胸がいっぱいになった。
今になって思う。あんなことは、エルネストとは絶対にできない。
セルジュとだから、嬉しい。
セルジュとだから、幸せ。
セルジュとだから、もっともっと……。
「したい……。もう一度、いい? アンジェリク……」
ぎゅっと抱きしめられて、耳元で囁かれた。
夜明け前のベッドの中で、アンジェリクは甘く溶けそうになった。
ブリアン夫人イチオシのすけすけナイトドレスが大活躍する日々が来てしまうなんて。
毎晩、胸がドキドキしすぎて死にそうだった……。
「セルジュ……」
「アンジェリク……」
ああ、どうしよう。
幸せ過ぎてダメになりそう。
蜜月とはよく言ったもので、それから一ヶ月くらいは、セルジュもアンジェリクもお花畑の中にいるような顔で、一日中へらへらと笑って過ごした。
そうこうしているうちにも日々は忙しく過ぎてゆく。
夜の会議こそ愛の時間に変わったけれど、それ以外の時間はお互いきっちり仕事をこなしていた。
やせた土地にサツマイモを植え付け、麦を刈った後の畑で蕎麦を育て、夏の間に短期間で収穫できる葉物野菜をたくさん育てた。
アンジェリクとセルジュは、毎日のように例の可愛い馬車に乗って、各地に苗や種を配って歩いた。
土の性質ごとに選んだ作物は順調に育ち、次々収穫期を迎えて領民たちの食卓を潤した。
アンジェリク自身が馬車を操る練習もした。
近くの集落までなら一人でも行くようになった。
たびたびヴィニョアのモンタン農場に出向いて、必要なものを仕入れてきた。一度に売ると値崩れすると思って何回分かに分けておいたドレスを、その都度手放していった。
おそらく着ることはないのだから、少しも惜しくなかった。
手紙も書いた。ヴィニョアに行くたびに馬車便で送ってもらった。
王都からの便りもたくさん受け取った。学園の友人たちからも、何通もの手紙が届いた。
その内容にはさまざまなものが含まれていたが、それら全てをアンジェリクは自分の胸のうちにしまっておいた。
すぐには収穫に結びつかない果樹を、少しずつだけれど、計画的に植えはじめた。
家畜の扱いを心得ている者には、牛や鶏や豚を支給した。不公平にならないように、利益が出るようになったら同じ家畜をセルジュに返す約束をして。
母牛が二頭目の子牛を産んだら一頭を返す。そんなふうにゆっくりと返せばよかった。
絞った牛乳は世話をした農家の収入になる。人々は少しずつ豊かになっていった。
瞬く間に夏が過ぎていった。
野菜と蕎麦を収穫した畑に麦を蒔いて冬を迎える準備をする。
冬の間の食料として、蕎麦やサツマイモやジャガイモ、南瓜などが各家庭の食糧庫に積み上げられた。
セルジュは税率を六分に引き上げたが、誰も文句は言わなかった。
十月。
各地で行われる秋祭りにセルジュと一緒に出向くと、誰もが笑顔で迎えてくれた。
「今年は出稼ぎに行かなくても、なんとか冬が越せる」
「お館様と奥方様のおかげだ」
どこの祭りに行っても、領民たちはそう言って感謝してくれた。
セルジュは「みんなが一生懸命働いてくれたからだよ」と言い、アンジェリクも「よく頑張ってくれたわ」と領民たちを労った。
二人で一緒に「みんな、本当にありがとう」と礼を言った。
悪天候に見舞われることもなく、多くのことがうまくいった。
アンジェリクは満足していた。
街道の整備や橋の工事など、やるべきことはまだまだたくさんあるが、最初の目標はクリアした。
夫や父親を出稼ぎに取られない冬を領民たちに迎えさせる。それが第一の目標だった。
次の目標は耕作地を増やすこと。
ドレスを売った残りのお金と、集めた税を使って開墾団の人材を募った。
リーダーを選び、仕事を任せられるようになると、セルジュとアンジェリクは視察の回数を減らしていった。
アンジェリクがブールに嫁いで四か月が過ぎていた。
その間に、何度か実家から結婚式についての問い合わせがあったが、はっきりとしたことは何も書けないままでいた。
セルジュとの生活はすでに始まっている。
証文もある。
いまさら式を挙げる必要があるだろうかと考え、すぐにこれはいけない癖だと思い直す。
ただ、今はまだ、そこまでは手が回りそうになく、やはり何も返事はできないのだった。
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