第2話 エルネスト
急いで城に帰ったアンジェリクは、待ち構えていた執事のフレデリクに連れられて、父、モンタン公爵の私室に向かった。
「お父様、あのお話は何かの間違いです」
「証拠は揃っているそうだ。アンジェリク、言い逃れはやめなさい。みっともない」
「証拠?」
「目撃者がいたらしい。一連の事件の確認をした時も、おまえはろくに質問に答えなかったと言うじゃないか」
「事件の確認……ですか?」
事件と言うのは、靴にどうとか服にどうとかいう、あの騒ぎのことだろうか。
確かにアンジェリクは最低限の対応しかしなかった。あまり興味がなかったからだ。
何か聞かれても「知らない」と答えた。
本当に知らないからだ。
知らないものは知らない。仕方のないことだ。
けれど、ほかのみんなは違ったようだ。
誰かが「近くにアンジェリクがいた気がする」と言い、ほかの誰かも「私も見た」と言った。ドレスの色が似ていたというだけで、あれもこれもアンジェリクだったに違いないということになったらしい。
思い返せば、最近、みんながこちらを見ながら何かヒソヒソ言っていたような気がする。
あのヒソヒソ話はアンジェリクのことを言っていたのだ。
最初の噂に尾ひれがついて、全部まとめてアンジェリクのせいだということになったのなら、それはだいぶ、アンジェリクもうかつだった。
どこかで誰かに、何を話しているのか聞いていれば、もしかするとここまで大きくなる前になんとかできたかもしれないのに。
しかし、こうなったからには仕方ない。
「弁明の機会をください」
ため息を吐きたいのをこらえて、父に言った。
一つひとつ、きちんと思い出して説明すれば、アンジェリクがやっていないことがわかってもらえるはずだ。
なにしろ、本当にやっていないのだから。
少しばかり、面倒ではあるけれど。
しかし、モンタン公爵は重々しく言った。
「処分はもう決まった」
「ええっ?」
アンジェリクの話を一つも聞かずに……。
そんなことがあるだろうか。
それとも、事件の時にあれこれ聞かれた、あれが全てなのだろうか。
素っ気なく、「知らない」と答えたのがいけなかったのか。
興味がなくても、もう少し親身になって人の話を聞くものだと言われることがある。
どうでもいいような話でも聞いているふりをするのが、令嬢たちの大事な社交術なのだ。それがくだらない陰口や噂話でも、とりあえず相手に合わせて頷いておく。
そういったことが、アンジェリクは苦手だった。
それも仕事だと自分に言い聞かせて、やっと我慢できる。それが最近は、ついおざなりになっていた。
あと何か月かで学園も卒業だと思って、油断していた。油断しすぎだ。
失敗した。
そこだけは潔く認めなくてはなるまい。
けれど、真犯人がほかにいるはずなのだ。
そこはきちんと調べてほしいし、なんなら自分で調べてもいい。
ところで、処分とはなんだろう?
第二王子であるエルネストとの婚約破棄なら、父には申し訳ないけれど、アンジェリク自身はそれほど気にならない。
エルネストのことは、別に好きでも嫌いでもないからだ。ふつうだ。
「どのような処分ですか?」
父の立場をいちじるしく悪くするものでなければいいなと思った。王家との婚姻が破綻した段階で、だいぶダメージが大きい気もするけれど。
ただ、妹も二人いるし、父はやり手だ。
なんとかうまく取り返してくれるだろうと期待した。
アンジェリク自身は行き遅れるかもしれないが、結婚できなかったとしても別に構わない。どこか田舎の領地にでも行って悠々自適のスローライフでも送ろうと考えた。
父の言葉を待った。
「エルネスト様との婚約は取りやめになった」
「はい」
「おまえは、ボルテール伯爵の元へ嫁がせろとのことだ」
「ボルテール伯爵ですか?」
聞いたことがない。
辺境地区ブールを領地とする伯爵だと父は説明した。
「ブール……。ずいぶん遠くですね」
アルカン王国の北の最果て。確か何もない土地ではなかっただろうか。
それはいいとして、学園を卒業したら、父や妹たち、この城ともお別れなのかと思うと感慨深かった。
「出発は明日だ」
「ええーっ!」
感慨にふける暇もない。
「王の命令だ。どうも、エルネスト様が二度とおまえの顔を見たくないと言っているらしい」
エルネスト……。
私が何をしたというの?
これと言って取り柄のない第二王子に、アンジェリクはふつうに接してきた。意地悪もしなかったし、バカにしたりもしなかった。
アンジェリクより背が低く、いつもぼんやりしているエルネストを陰で笑う者もいたけれど、アンジェリクは決してエルネストを嫌ったりしなかった。
多少のろまなところはあるけれど、人は悪くない。それで十分だと思っていた。
エルネストは第二王子だから、アンジェリクの夫になったらモンタン公爵家を継ぐ。
エルネストがイマイチでも、アンジェリクが公爵家を運営すれば問題ないと思っていた。悪人だけはごめんだけれど、そうでないなら構わなかった。
そのエルネストに顔も見たくないと言われるとは。
これも誰かの陰謀だろうかと思ったが、明日が出発ではのんびり真相を暴いている暇はない。
いずれ機会があったら調べたいけれど、とりあえず、今はこれ以上父の立場を悪くすることは避けたかった。
王の命令には逆らえない。
「わかりました。マリーヌとフランシーヌにお別れを言ってきます」
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