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第18話 マリーヌからの手紙

 ヴィニョアに行くなら妹たちに手紙を出したかったが、なかなかその余裕がなかった。


 時間的に厳しいというのもあるが、書くべきことがまだまとまらない。伯爵家やブールの現状を思うと、元気だと一言伝えるためだけに、安価な馬車便でも使うのはためらわれた。フクロウ便などもってのほかだ。

 今はまだお金を節約するほうが大事だ。


 執事兼給仕係兼御者となったエミールに馬車を出してもらって、ヴィニョアの農場にやってきた。モンタン領の人たちを驚かせてはいけないので、さすがに御者台には座らない。


 トランク四つに詰めて持ち込んだドレスは、どれも高値で引き取ってもらえた。


「こんな最新流行の、しかも上質で手の込んだドレスを譲っていただけるなんて」


 街一番のドレスショップの女主人はほくほく顔で喜んでいた。


 ヴィニョアのような地方都市にもその都市ごとの社交会がある。領地の運営を任されている地方貴族や、交易で財を成した豊かな商人などが集まる。

 王都のいわゆる「社交界」のようにバカみたいに豪華なものではないだろうが、若い娘や夫人たちが美しく着飾って出かける点は同じだ。

 家同士のつながりを深めたり、年ごろの男女の出会いの場として機能したり、社交の場は必要だし役に立つ。

 一種の文化と言ってもいい。


 ドレスはどこででも作られているが、王都で扱われているものは生地や糸の素材からして違うし、職人の腕にも差がある。そのため中央貴族の中古ドレスは地方で人気があった。

 王都の貴族たちは同じドレスでパーティーに出るのを嫌がるから、中古といってもほとんど新品に近い。それも人気の理由だろう。

 その中でもアンジェリクのドレスは群を抜いていた。


 十分な資金を手にしたアンジェリクは、モンタン公爵家が運営する農場の一つに向かった。

 農産物やフクロウ便など、ここで扱う業務全般を取り仕切る農場長のベルナールは、アンジェリクを見ると大喜びで駆け寄ってきた。

 種を分けてほしいと言うと、いくらでも持っていっていいと言う。

 アンジェリクは笑った。


「私の趣味で蒔くわけではないの。領地の人たちに配る分だから、とてもたくさん必要なのよ。ここで分けてもらえる分で足りなければ、ダニエルの農場にも行くつもり」


 農場の種は自分たちで蒔く分が最優先で、余った分を販売用にする。農園にとって、それらは貴重な収入源なので、ただで分けてもらうつもりはなかった。


「ほかのお客さんと同じ金額で分けてもらえると助かるわ。ここは価格が良心的だから」


 ベルナールは神妙な顔をしたが、すぐにアンジェリクの言葉に従った。この公爵令嬢に反論できるわけがないと悟っているのだ。


 農場の人間とエミールが馬車に種と苗を積みこんでいると、一度仕事に戻ったベルナールが走ってきた。


「ちょうど、今の馬車便で、マリーヌ様からのお手紙が届きました」

「まあ、ありがとう!」


 アンジェリクは笑顔で手紙を受け取った。なんてタイミングがいいのだろう。

 早速外のベンチに腰を下ろして、モンタン家の紋章が付いた封筒を開いた。


『お姉様へ』


 マリーヌの美しい筆跡で書かれた手紙に目を通す。

 アンジェリクは途中で「えー……?」と声を漏らしてしまった。


 この二週間の間に、王都では思わぬ出来事が起きていた。

 マリーヌの手紙によると、なんとエルネストとシャルロットが婚約したというのだ。しかも、バラボー子爵をわざわざ侯爵の地位に引き上げるという。

 王族の正式な結婚相手は侯爵以上というのが暗黙の了解だが、身分だけ上げたところで体面を保つだけの力がバラボー家にあるだろうか。


 シャルロットの父親はアンジェリクの父の弟だから、子爵の身分と一緒にモンタン公爵家の領地の一部を与えられている。

 決して悪い土地ではないのだが、父と違って叔父はとても呑気と言うか、早い話が怠け者だ。きちんと治めれば十分な収入があるはずなのに、いつも金に困って父に泣きついていた。

 そんな経済状況で侯爵家を名乗るのは無理がある気がする。


「まあ、私の知ったことではないけど……」


 シャルロットの行動については思うところもいろいろあるけれど、今はそんなことにかまけている余裕はなかった。

 

 妹の手紙にゆっくり目を通していくうちに、こうして手紙を受け取るのはやっぱり嬉しいものだなと思った。

 馬車便ならそこまで値が張るわけではないのだし、節約ばかり考えないで、次に来る時には手紙を書いてこようと考え直す。


 最後に書いてあった言葉を目にしたアンジェリクははっとなった。

 徐々に耳が熱くなってくる。


『はやく赤ちゃんができるといいですね。楽しみにしています』


 赤ちゃん……。


 赤ちゃんができるようなことを、アンジェリクとセルジュはまだしていない。

 何も……。


「あ……っ」


 もしかして、セルジュの様子がおかしいのはそのせいだろうか。

 朝になると姿を消していたのも、最近は同じベッドにさえ入らず、図書室のカウチで寝ているのも……。


(私、セルジュに嫌われたの……? それに生殺しって、どういう意味……?)


 こんな時こそ、その道の教育係ブリアン夫人に聞きたかった。

 最初にそういうことをしないまま日にちが経ってしまった場合、どうすればいいのだろう。


(いまさら、どうやって持ち出せばいいの? 私から誘うの?)


 そんなことできない。


 領地の運営や作物のことなら、いくらでも考えが浮かぶのに、世の中のほとんどの人が当たり前にできていることが、アンジェリクには全くできていないことに気づく。


 自分の夫と仲よくすること。

 夜の営みを滞りなく行うこと。

 ただそれだけのことが。


 できない。


「どうしたらいいの……?」


 モンタン公爵家ののどかな景色を眺めながら、アンジェリクはすっかり途方に暮れてしまった。

 


たくさんの小説の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

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