第15話 奥方様
昼近くに、領地の最も北の地区にある集落に着いた。
領民たちはセルジュとアンジェリクを見ると、作業の手を止めて深々とお辞儀をした。
「僕の妻、アンジェリクだ」
セルジュが紹介すると、みんなが不安そうにアンジェリクを見る。その視線はきらびやかな馬車と二頭の美しい白馬にも向けられた。
「あの……」
集落の代表がおそるおそる口を開き、ひどく怯えた様子で税の負担のことだろうかと聞いた。
奥方を迎えた領主が税を上げることは多い。それを言いに来たのかと恐れているようだ。
セルジュは「そうではない」と言い、土地の様子を聞きに来ただけだと説明した。
土を見たり、これまでの栽培の結果を聞くことで、土地に合った作物を見つけられればいいと考えて視察に来たのだと。
「土地に合った作物を?」
「そうだ。アンジェリクは王都で植物学の教授からさまざまなことを学んできた。アンジェリクの力を借りて、みなにブールの土や気候に合った作物を作ってほしいのだ。うまくいけば、今より暮らしが楽になると思う」
「税は……」
「だから、税の話に来たわけではないんだ。収穫量が増せば、おのずと納められる税の額も増える。それで我々も助かるのだから……」
話を聞いていたアンジェリクは「税率はどのくらいなの?」とセルジュに聞いた。
「今の税率は、五分だ」
「五分……」
百分の五。
それは、少ない。
アンジェリクは眉をひそめた。
税が軽いことで知られるモンタン家の所領でも、一割五分から二割の税を課している。
しかし、その税率でも、セロー夫人の夫のように出稼ぎに行かなければならないのか。
思った以上にブールは貧しい。
今は、これ以上の税は取れないだろう……。
だが、それではだめだ。
少なすぎる。
「税率は、もっと上げなければならないわ……」
アンジェリクは呟いた。
セルジュと領民は飛び上がった。「やっぱり、そうなんだ」と、人々の間からどよめきが広がる。
「思った通りだ」
「贅沢を好む奥方を迎えれば、金が必要になるのは当然だ」
つい呟いた声が、たまたましんとしていたところに響いてしまったようだ。
聞かれてしまったなら仕方がない。
アンジェリクは真剣な顔で、今度ははっきりと口にした。
「税率は上げなければならないわ。もちろん、上げるのは十分な収穫があってからだけど」
「でも、上げるんだろう」
「わしらからむしりとって、好きなように使うんだ」
「そうじゃないわ」
好きなように使うというのは、語弊がある。
税は必要なものなのだ。
アンジェリクは一人一人の顔を順番に見ながら説明した。
「集めた税で、街道を整備したり土地を開墾したりしたいの。病気になった人を世話する病院や、小さな子どもを預かる保育所も作りたいし、飢饉の時に困らないように、食料を貯めておきたい」
やるべきことはいくらでもある。
「でも、今はまず、この土地で作れるものを増やすことからよ。税を上げるのはその後。でも、この先もずっと上げないと約束することはできないの。今、ここで、ちゃんと言っておかないと、嘘を吐くことになるから……」
税は上げなければならない。
けれど、それは全てみんなのためなのだ。
「アンジェリク……」
名前を呼ばれて、はっとした。
「か、勝手にごめんなさい」
「いや。きみの言う通りだ」
セルジュは真剣な顔で頷いた。
領民に向かって、静かに、しかしはっきりと口を開く。
「僕は今まで、大切なことをおざなりにしてきた。そのために、みなに苦労をかけている」
「そんな……」
「税を軽くしてくださっただけでも、私たちは……」
「税は大切なものだ。本当は、さっきアンジェリクが言ったことを、その税で僕がしなくてはいけなかった」
青く澄んだ目を領民たち一人一人に向け、セルジュは続ける。
「税が上がっても困らないくらい収穫量が増えたら、上げさせてほしい。そして、みんなの暮らしをよくするためにそれを使わせてほしい」
領民たちはまだ半信半疑な様子だったが「どの道、我々に決める権利はない」と言った。
払えと言われれば払うしかないのだ。
国で決められた上限の四割を要求する領主もいる。
諦めたように肩を落とす人々を見て、アンジェリクは、誰にも気づかれないように、そっとため息を吐いた。
今は仕方がない。
すぐにわかってもらうことはできないだろう。
それでも、耳に心地いい嘘を言うわけにはいかない。
セルジュがきちんと理解して、セルジュの口から人々に話してくれたことが嬉しかった。
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