第1話 濡れ衣
「どういうこと、アンジェリク」
学園の中庭に呼び出されたアンジェリクは、はしばみ色の瞳をいっぱいに見開いた。
仲よしグループの令嬢たちに詰め寄られ、栗色の髪がかすかに揺れる。
周りを囲むのは、上級貴族ばかりで作った学園でも特に目立つグループ。公爵家の第一令嬢であるアンジェリクも、不本意ながら仲間の一人に数えられている。
「私とフェリシーがシャルロットを悪く言ってるなんて、誰から聞いたのよ」
え、ふつうに廊下で言ってたよね。どちらかというと聞こえよがしに。わざと大きな声で。
アンジェリクは口には出さずに、エメリーヌの顔を見た。
フェリシーが、いかにもおろおろしながら続ける。
「シャルロットから聞いてびっくりしたわ。私たち、ちっともシャルロットのこと、嫌ってないのに」
嫌ってはいなかったかもしれないけど、すっかりバカにしてたわ。
どうせ誰とも婚約できずに行き遅れるのよとかなんとか、見下したように言って笑っていた。そばかすだらけで地味な髪色のシャルロットを、トウモロコシと呼んでいたのも知っている。
だけど、そんなのひとこともシャルロットに言った覚えはない。
これも口に出さずに、アンジェリクはフェリシーの顔を見た。
「私とフェリシーの靴に釘を入れたのも、あなたなんですってね」
「エメリーヌの服にインクをこぼしたのも」
「何の話?」
ほかにも誰それの何にどうしたとか、こうしたとかいう小さな事件のあれこれを、エメリーヌたちは語り続けた。
そして、それらの事件の犯人は、全てアンジェリクだったことがわかったのだと言った。
いったい何を言っているのだろう?
「もう言い逃れはできないわよ」
言い逃れも何も、どれ一つ身に覚えのないことだ。
知らない事件もまざっている。
ぽかーんと口を開けていると、フェリシーとエメリーヌがものすごい形相で睨んできた。
後ろに控えた二、三人の仲間もアンジェリクを睨んでいる。
「エルネスト様とのご婚約も、これで解消ですって」
「え? 婚約解消?」
「そうよ。人を陥れようとするような卑しい令嬢は、第二王子とは釣り合わないでしょ」
「ちょっと待って。何の話をしてるの?」
そんなこと、エルネストから一言も聞いてないんですけど。
「何もご存じないのね。先日からあなたのことは、学園中の噂になってたのに」
知らない。全然、知らない。
「とうとう陛下のお耳に入って、エルネスト様からの申し出もあって、はっきり決断されたそうよ」
「婚約の解消を?」
「ええ。今頃、モンタン公爵もカンカンに怒ってらっしゃるでしょうね」
「名門、モンタン公爵家の面汚しですわね」
おほほほほ、と笑う令嬢たちの声を聞きながら、アンジェリクは呆然となった。
「お父様……」
エルネストのことはこの際どうでもいい。
だが、父の立場を悪くするのは本意ではない。
(だけど……。それにしても……)
いったい何がどうしてこうなったの?
人を陥れたって何?
卑しいって私のこと?
疑問がぐるぐる頭の中をかけめぐる。何が何だか、さっぱりわからなかった。
ただ、これだけははっきり言える。
「それ、全部、濡れ衣だわ……」
アンジェリクの呟きは、令嬢たちの高笑いにかき消された。
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