アール2999
ーーー国道2999線 道の駅 足ヶ窪ーーー
頑丈な骨格、すべての空気をダウンフォースに変えんとするダクト形状。リアハッチの[TYPE R]エンブレムは白い輝きを放っていた。
周りを威圧するフォルムとは裏腹に、銀色のセミショートで華奢な身をした少女が、自身のシビックFK8に腰掛けている。
「あーもしもし?明日には女学院とやらに着きそうなんだけど、理事長サンのお使いがアタシに渡してきた、このクレカのパチもんみたいな物は…何なの?」
「それは君が欲しがっている『面白そうなもの』だよ?七郷君。裏側に[seize Program]って書いてあるだろう?」
「ねぇねぇねぇ。ちょっと、待ってよ。確かにそれはアタシの欲しがってたモンだけども。それってアタシが明日行く学院で直接受け取らないとダメって言ったのは理事長サンじゃなかったっけ?」
「そうだ。いついかなる場合においても公道を占有し走行するためのシステム。道路に立体映像を映して人間・バイク・自転車を立ち退かせ、自動運転で車両を強制的に範囲外に移動させる。これが日本自動車連合が開発したシーズブログラムだが…学院に認可された者以外は持つことは禁止されている。」
「でもアタシは学院に取りに行かなくても、面白そうなものを貰っちゃえたワケだ♪」
「七郷君に私から直接交付してあげたいのは山々だが、残念ながらそれは1度しか使えない特別品だ。明日学院に赴けば本物が発行される。」
「ナルホド?で?明日本物が貰えるのにわざわざ一回しか使えないスタンプカードをアタシに渡したワケは?」
「…1つ頼みたい事がある。」
「いいよ?理事長サンには色々と面白そうなものを探して貰ってるしネ♪」
ーーー国道2999線 賞丸トンネル 出口ーーー
トンネルの横道で1台のスポーツカーが深夜1時にも関わらず、数十台の暴走族と聞き違えるような爆音を吐き停車している。
「先輩いいんすか?夜中だからってこの車で公道を走るなんて…」
30代くらいの男が不安そうに、先輩と呼ばれる男を見上げる。
「オイオイ、ビビるな。この時間はパトカーも通りゃしない。だれも賞丸を攻めない今じゃ事故処理で出動してくる事も無いしな。」
「でももしRX-7が走ってるなんて通報されたら…」
「バカ言え、何が2014年より前の車は公道を走るなだ。俺はそんな法律が出来る何十年も前から賞丸を攻めてるんだ。仮に追われたとしても、コーナリング最強のFDに誰も追いつける筈ねぇだろう。」
「で…ですよね!先輩は昔に銀河級って呼ばれる程速かったって聞きましたし、大丈夫ですよね!」
「ま、まぁな。…それより、そろそろ信号が青になるな。ひとっ走り行くとするか!」
横道の信号が青になると、男二人の乗ったFDはハザードで停車し窓を開ける。賞丸トンネルを背に耳を澄ませ、車が近づいてくる音が聞こるとスタートの合図である。
「あ!車が来るみたいですよ!」
(やけに急に音が大きくなったな…大型のトラックか?まさかこのご時世にすっ飛ばして走ってる奴なんか居ないだろうし…)
「先輩?もう後ろの車のライトが見えましたよ!」
「…おっと、すまねぇ。そんじゃスタートだ!」
男がギアを入れ回転を上げると同時にロータリーの爆音が山々に響き渡る。美しい曲面の車体からはツインターボの加速と共に280psが叩き出され、後ろに見える車のライトは一瞬で消え去ると思われた。
…
その光は最初の直線の時こそ離れたものの、緩やかなカーブを超えると一段、また一段と大きくなってゆく。勿論、賞丸トンネルに来るまでにタイヤは充分温めてあるのだから、加減しているつもりなど全くない。
「何故だ!消えねぇ…!」
「う、後ろの車誰なんですか?!警察ですか?!それとも知り合いの…」
「うるせぇ!気が散る!!」
(この先はアールがキツいワインディングになる。FDのコーナリング性能なら…!)
その瞬間、後ろから道の左右にホンダのエンブレムが模られた立体映像が乱立していく。その映像は男達の乗るFDに追いつき、そしてはるか先まで投影されていった。
「先輩!これニュースとかでよく見るシーズプログラムですよ!すぐにこの道どかないと俺たち重罪人になっちゃいます!!」
立体映像は国道を明るく照らし、両者の車をハッキリと映し出した。
「シビックか…。あのエンブレは…ホワイトアール!」
「?! ホワイトアールって何なんですか?!」
「ここ5年の間に日本中で神出鬼没に現れては俺達みたいな旧車の走り屋を潰してるって噂のヤツだ!」
「そ、そんな?!しかもシーズプログラム使ってるって事は車業界のヤバい人なんじゃ…!」
後ろのシビックはまるで敷いてあるレールの上を走るようにコーナリングを繰り返し、着実にFDに迫って来る。
「あぁ…だがここでぶっちぎって帰っちまえばコッチのもんだろぉぉ?!」
男はそう言い放つとフルブレーキングでコーナーに入り、タイヤにものを言わせ無理矢理加速しながら曲がっていく。
…
「ナルホドナルホド。シーズプログラムは自動運転で邪魔な車を退去させるけど、自動運転機能が付いてない違法な旧車には通用しない。しかも騒音被害も出てるから捕まえてほしいって事だネ♪」
彼女のシビックのメーター表示は[COMFORT]だった。
…
「クソッ!一体どんな硬い足周りにしてりゃそんなスピードで曲がれんだよ!チクショウ!」
最初のショートコーナーを出た場所では、FDとシビックの距離は離れるどころか縮まっている。
「あーあ、荷重移動が全然なってないヨ。ロールは大事なのにねぇ。」
「次だ!次で離してやるっ!」
2つ目のショートコーナーに差し掛かる場所で、男はまたもやフルブレーキングを試みる。しかし
「クッ!しまった…!」
FDのフロントがロックし一気にバランスが崩れる。なんとか立て直そうとステアリングを当てるが、荷重が乗りすぎていた為にスピンと化してしまう。
「…にしても残念だなぁ。RX-7だって聞いてたから5年前に戦った銀河級クラスを想像してたヨ。」
少女は涼し気だが少し不満そうな笑みを浮かべ、スピンしているFDの隙間を縫うように通り抜けたまま、走り去っていった。その後、壁に映し出されていたホンダのエンブレムもとい立体映像も消失。
「…先輩、俺たち…助かったんですかね…?」
「…どうやらヤツは、俺たちに直接会う気はなさそうって事だな。しかも車種以外、乗ってたのがどんな野郎だったのか分から…」
「大人しく出てきなさい!お前たちを運送車両法違反および特殊範囲道路侵入罪で逮捕する!」
話し終える前に、気付くと周りを大勢の警官とパトカーに包囲されていた。
「なんで俺たちの場所が分かった!ずっと付けてる来てやがったのか!」
メガホンを持って先程呼びかけてきた警官が不思議そうに首を傾げる。
「?お前たちを付け回してなんていない。自動車連合からこの場所で待機していれば違法車両を捕まえられると情報が入ったまでだ。」
男はその言葉を聞いた瞬間に、自分が一体どれほどの技術を持った者が相手だったのか理解した。
…
「ま、2999で相手を焦らせて自爆を誘えるような所って言ったらアソコしかないからねー♪相手がタダの自称走り屋で助かったヨ…」
「もしもし?今日遅くなっちゃったから取りに行くの明後日でも…え?!明日までじゃないとダメ?!今日頼まれたコト終わらせたせいなんだからさぁ〜…めんどくさいヨ。」