金糸雀の憂鬱
よろしくお願いします!
黄色い小柄な車体が霧の中を抜けていく。地面が隆起したヘアピンカーブ手前でギアを落として曲がりながら加速する。入学して3ヶ月も毎日走っていれば自分のタイミングでコーナーを曲がる事に慣れてしまう。
私の名前は『鈴黄京香』。車業界のトップクラスの令嬢たちが集まっているストラータ女学院・高等部の1年生だ。
人生初の高校生活は最初こそ楽しかったが、3ヶ月目にして既に憂鬱な日が多い。カーブが終わり下り坂に差し掛かると、後ろから凄いスピードでパッシングしながら1台のセダンが追いついて来た。
「今日も嫌だなぁ…」
ため息混じりに学校の駐車場に車を停める。降りると後ろのセダンもすぐ隣に停めていた。
「あらら?なにやら小っちゃくて邪魔なスイフトが前にいると思ったら京香ちゃんでしたわぁ笑」
「…何か御用ですか?平之里夢さん。」
「用事…って訳じゃないけど、隣に安っぽい品のない車を停めないで頂けるかしら?私の自慢のマークXに軽臭さが移ってしまうのよ。」
「…!」
制服の下から赤い襟を覗かせて私を挑発してきたのは平之里夢。同じ学年ではあるものの、ドライビング技術が早く上達せず高等部からしか入学できなかった私と比べて、彼女はストラータ女学院に中等部から在席している。尚かつトヨダグループ上層部の令嬢で学園内での地位も高い。
ーーーーーただ、私だってスズキの社長令嬢というプライドがある。スズキをいつも見下している彼女に、今日は日頃の思いからも反論してしまった。
「後から留めてきたのは平之さんでしょう?!それに、スイフトは安っぽくなんかないし軽自動車じゃありません!」
「軽じゃなかったのね、間違えちゃったわ笑 ま、ストリートレーシングを学ぶ学園においてスポーツカーは愚か大衆車に乗ってる事には変わりないですわよね?フフフッ笑」
「わっ…私のスイフトスポーツは立派なスポーツカーです!140馬力とターボでセダンなんかには負けませんから!」
つい挑発に乗って言ってしまった…!そして、さっきまで笑っていた平之の目つきが変わった。
「…それは凄いですわねぇ。じゃあ勿論私のGRMNより速いんでしょうねぇ?」
「も、勿論で…」
「なら今日の放課後、寮から出た場所の駐車場に来なさい。春名山の下りで貴女が私のマークXより速いって事を証明してみせて?出来なければ2度と口答えはしないで貰えるかしら?」
「わかりました。私が勝ったら2度とスズキの車を馬鹿にしないでください!あと軽自動車の事もです!」
「…本当に私と走るつもりなのね?フフフッ笑 夜を楽しみにしているわ。ご機嫌よう。」
そう言うと彼女はすぐに校舎に入っていったが、私は暫くその場で平之里夢のマークXを見つめながら動けなかった。
GRMN…。3.5LのV6に、ギア比も大排気量を十分活かせるハイギアード。いくらスイスポのコーナリング性能やターボがあるからと言って、広い春名山では車幅があるマークXが圧倒的に有利だ。おまけにドライバーの腕も違いすぎている。正直どう考えても私に勝ち目は無い。
教室に沈んだ気持ちで入った私には授業の内容なんて上の空で入って来る筈もなく、時間が立つにつれて緊張感と負けた後の怖さが高まっていく。
昼には、私と平之里夢がダウンヒルで放課後に勝負すると学校中で噂になっていて、平之里夢の取り巻き達がすれ違うたびにクスクスと笑っているのが聞こえる。直接バカにして来ないのは育ちが良いせいなのか女子校ならではなのか…。
向こう3年間は静かに目立たず、楽しくない学園生活を送ることになる。そんな想像がひたすらに頭をよぎっていた。
ーーーーその時の私は、私のスイスポが勝つことになるなんて思ってもみなかった。