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春、継続

作者: 神崎翼

 ヤマザキ春のパン祭りのシールを集め損ねた。しかも0.5点足らずだった。

 こんなときに一人暮らしを始めた実感を得ることになると誰が思うのか。実家に居た頃は余裕で一枚シートが埋まり、年によっては二枚分のお皿を交換することだって出来たのに。だがしかし、実家から送られてきたお米を食生活の中心に据えた新生活だと、正直、パンを食べる隙間があまりない。せいぜいがおやつ。実家にいた頃なら6枚切り食パンが二日で一斤消えていたからその都度3点シールが貯まっていたし、兄弟がいたから0.5~1点にしかならないおやつパンでも一日で数点稼げた。でも今は食べるのも私。パンを買うのも私。それでももそもそ買って食べていたけど、間に合わなかった。

「うー……くやしい……」

 別に、喉から手が出るほどヤマザキの白食器が欲しかったわけじゃない。でもいつの間にか春の恒例行事になっていたシール集めを達成できなかった不満というか、気持ち悪さというか。これが生活が変わることなんだと理解していても、なんだかなあと思う。

 感情をささくれ立たせたまま、ゴミを出すために玄関の扉を開ける。ゴミ袋とは別に、手にはシール台紙を持っている。これももう無用の長物、捨てるのだ。さりとてゴミ袋に早々放り込むのもなんだか躊躇われて、こうして袋とは別にして手に持っている。

 玄関の外に出て、鍵を閉めてエレベーター乗り場まで歩いていく。マンション七階の廊下、玄関扉が並ぶ壁とは反対に広がる空はとてもいいお天気で、それを横目に見るともなしに見て、何とも言えない気持ちになる。長くため息を吐きながらぽてぽてエレベーター乗り場まで歩いていくと、そこには先客がいた。

「あ、ども」

「こ、んにちは」

 ラフな姿をした、すらっとした長身の男性だった。落ち込んだ今の目線だと胸あたりまでしか見えない。どもりつつ挨拶する。同じ階の住人だろうか。

「エレベーター遅いっすね」

「ですね」

 手持ち無沙汰なのか、会話がつなげられて行くのに無難に返す。ふと間が空いた、と思うと、「それ」と何かを指した言葉をかけられる。

「それ、パンのシール台紙? 集めたんすか?」

「えっ、ええ、いや、貯まらなくて……ゴミなんですよ」

 何だか情けなくて、はは、と誤魔化すように笑う。未練がましくゴミ寸前の紙を持っている状況に今更自覚がきて、恥ずかしくなる。

「そうなんすか? 俺、シール余ってるんであげましょうか?」

「えっ」

 驚いて、思わず顔を上げる。とっさに上げた目線では顎までしか見えなくて、更に視線を上げる。そのとき初めて、私は相手の顔を見た。

 整った顔立ちをしたその男性は、人懐こい顔ではにかむように言葉を続けた。

「いります?」

「あ、お、ねがいします」

 手の中のパン祭りのシールたちが、桜の花びらのように美しいものに見えた。

 まだ春は終わっていなかったようだ。


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