ウサギメイドは堅物騎士様に捕まりました!
ハッ! おはようございま、ここどこ!?
目覚めたら見知らぬ部屋でした!
どうしよう前後が思い出せない。えっやだ記憶喪失? 怖い。
私は誰? お城で働くメイドです!
よし割と覚えていました、第一段階クリアです!
それではこの調子で、続いて状況整理と参りましょう。
えーと……そうそう確か、末姫様がまたぞろ脱走騒ぎを起こされたのでした。
「やだあ! おべんきょー、きらーい!」
とお城の廊下をふわふわ逃げていくのを、侍女の皆様がスカートをたくし上げて追いかけていく様子が、洗濯物を抱えた私の目に入って参りましたことを覚えております。
「お待ちになっ……ちょっ、本当に待っ……城勤めがこんなに肉体労働特化なんて聞いてないんですけど!?」
侍女様は王族のお世話をする方々なのです。
炊事洗濯等、我々庶民階級が受け持つような大変な家事労働はせず、高貴な方々の身の回りのお支度をしてあげたり、幼い頃は遊びの相手を、長じればご公務の補佐を務める縁の下の力持ち。
……なので本来、浮遊魔法を使って逃げてしまうような姫様を追いかけるなんて無茶ぶり、業務に入っていないはずなんですけれども。
それでも放っておくわけにもいきません。何しろ彼女の主は一国の姫様。ついでに言うと、四人兄弟の末に生まれた待望の女の子であったため、父王母王妃の溺愛を一身に受けて甘やかされているわがまま娘なのであります。
ま、まだまだ生意気盛りの御年七歳。
根は賢く素直な方なので、そのうち落ち着くんじゃないかしら。
なんて楽観主義の私などは思ってしまうのですが。
さて洗濯物を抱えたままそうほのぼのと、去りゆく姫様の後ろ姿と体力尽きてぜーはーうずくまる侍女様を見つめていますと、ふと私に向けられる視線。
「あら、あなたは……いつも姫様捕獲、もとい御身の確保に一役買って下さっているウサギメイド! ちょうどよかった、またお願いしてもよろしいかしら? 実家に届いた外国からのお菓子をたっぷりお礼にあげますから!」
それ、言い直した意味あるのかな……あと私、いつの間にかそんなあだ名つけられてたんだ……。
なんて思いつつ、侍女様はいわば上役なので私は指示に従います。
ええ、上司の命令ですから。
べ、別にお菓子に釣られた訳じゃないんだからね!
「五分以内に確保していただいたら、アフタヌーンティーセットまるごと進呈致しますわ。給仕付きで」
ヒャッホーイ、賄賂が出るなら私すっごいやる気出しちゃうぞー!
洗濯物をその場に降ろし、侍女様にスカートを広げて一礼してから――よーい、どん、ダッシュ!
どこの世界でも基本的に廊下を走ってはいけないものとルールが決まっているものですが、今はちょっとした緊急事態ですのできっと大丈夫。
……大丈夫じゃなくても、私が後でメイド長様からお叱りを受ければいいことだと思うから大丈夫。
最悪進入禁止ゾーンに入っても即処刑とか、そこまで物騒な気風じゃないですしね、この王城。
うん大丈夫、これは武者震い、余計なことを考える前にさっさと姫様に追い詰めてしまえばいいだけの話だぞーう!
私はそんなことを思いながら、驚きで目を見張る人達にぶつからないように注意しつつ、姫様のお背中を追いかけてなるべく最短ルートを突き進みます。
一歩一歩、跳ねるように地面を蹴る様子は、確かにどこかウサギに似ているのかもしれません。この後跳躍して姫様に飛びつかないといけないですしね。
なお、姫様が頑張れば飛びつける程度の高度を保って下さっているのは、兄王子殿下達の「たかいたかーい☆(魔法によるジェット噴射)」でたんこぶを作って大泣きした経験が、未だトラウマとして残っているからでしょう。
ついでに関係殿下達も全員、教育係に城の一番高い塔から「ほーら景色がよく見えるだろう☆」をされて、殿下方は皆軽度の高所恐怖症になりました。まあ、その、仕方ないですね。うん。
魔法が使えるのは、王族貴族であることが基本です。
時々庶民の中でも才能に溢れる者がありますが、上手に魔力が扱えず幼い頃に亡くなってしまうか、どこかの有力な方に弟子入り養子入りして貴族の仲間入りコースかの二択が無難ですね。
私の場合、魔法使い、と胸を張ってはっきり呼べるほどの才能はないのですが、全く皆無というわけでもない。いわば超下級雑魚魔法使いの端くれ、というところでしょうか?
使えるのは身体強化、特に脚部。
おかげでかけっこには負けたことがなく、ついでに病気怪我の類いも少ない健康優良児、走り回ることの多い下働きにぴったり、ということで、福利厚生の充実したお城勤めの座を射止めることができたのですが。
特性が特性ですので、このようにいつの間にか、非公式姫様キャッチ班に就任しつつあるのですが。
まあ、元々弟妹を抱える長女、この展開には慣れてますので、適材適所なのだと思います。
というわけで、お城中大立ち周りの末、なんとか姫様のお背中のリボンをわしっと掴むことに成功致しました!
しかし確保できたのがよりによって中庭の空中、しかも姿勢がよろしくない。
下に人はいないけど、高さは三階ぐらい?
あ、やばい――せめて受け身を取って、最低限姫様の安全は確保せねば。
覚悟して背中を下向きに目をぎゅっと閉じた私ですが、伝わってきたのは固い地面の感触ではなく、適度なクッションとヌクモリティ――えっ、温かい!?
「無茶をする」
そう、ぶすっとした声が聞こえますと、私も、それまで「いやーいじわるあんぽんたーん!」なんて騒いでいた姫様も、思わずヒエッと息を飲み込みました。
「だ、団長様……」
なんと落ちてくる我々をふとましい、違うたくましい両腕でそっとお迎えして下さったのは、騎士の鑑と名高い騎士団長様だったではありませんか。
何かお得意の魔法でも使って助けて下さったのかな……? と思いきや、あ、これたぶん素で肉体で受け止めただけですね。はい。そっかあ。私、別に軽いって程でないと思うけど、姫様と一緒に三階ぐらいの高さから落ちたような気がするのですけれど、この程度なら何の補助もなく俺の胸に飛び込んでおいでが実行可能なのですね。わあ。
金髪碧眼、長身でいかにも鍛えてます感バリバリな美筋肉装備の肉体。火と水魔法の達人で、伯爵の爵位も持っている警備部隊のトップ。御年確か二十代後半――これだけ優良物件なのに未だご結婚相手が決まっていないどころか浮いた噂の一つも流れてこない、超のつく堅物でもあります。
どこぞのご婦人ご令嬢が「あの方とそういう仲になったの」と吹聴したところで、「いや、ない。ないない」と皆さん一蹴されるに決まっていますしね。うっかり巡って本人に「は? そんな根も葉もない迷惑なホラ話を広めないでいただきたい」と言われでもしたら、一生立ち直れなそう。
そう、本当に、お顔の整った方ではあるのですが、常時真顔、加えて眼力がとにかく強く、あちらには特に悪気がないのでしょうが、真正面から睨まれると女子供なんて震え上がるしかないのです――ちょうど今の我々のように。
物静かなお方ですしね! 声ひっくいしね! 姫様もこの人が追いかけ役になったら割とあっさり投降しますからね! いずれ人の上に立つ人間が、逆らっちゃいけない相手を見分けられるのは、非常によいことだと思います。ええ。
ちなみについでに、王子殿下方をお城の一番高いところに連れて行って高所恐怖症にしたのもこの方です。姫様がしおらしくなるのも当然でしたね!
「あ、ありがとうございました……さ、姫様。観念してお勉強しましょう」
「うう……兄さまのようにしゅん間いどうがつかえれば……」
いやそんなことになったらマジで仕える側の胃がマッハなので、風が起こせて空が飛べる現状程度で勘弁してください。というか、空が飛べる時点で充分だと心得て下さい。間違っても王太子殿下と争ってはいけませんてば、ええ。
七歳児はうめきましたが、ぎろりと一にらみされると大きな目に涙をたたえ、大人しく両手を前に差し出します。
いや合ってるけど違う、どこからそんな知識仕入れてきたんですか姫様。あと罪悪感あるならこの大脱走劇そろそろやめましょうって、皆様がいつまでも笑って見逃して下さると思っていたら大間違いですよ。
そんなこんなで、「それじゃ私はお役ごめんなのでこれで……」と後は騎士団長様にお任せし、洗濯物の所に戻ろうとしたところで、背後から感じるざわめき。
なんといらっしゃったのは、おひげをたっぷり蓄え、ボロボロのローブに身を包んだしわくちゃのお方――大賢者様ではありませんか!
見た目でただのよぼくれジジイと侮ってはいけません。
かつて国王夫妻が完全に持て余した最強悪童王太子殿下に「上には上がいる」と学ばせ、謙虚な王子に収まらせた、ありがたき城の最年長様……普段はローブからお茶菓子を切らさぬ程度の好々爺なのですが、怒ると本当怖いのです。
具体的にどうなるのか?
大賢者様は精神魔法特化です。
幻惑術、読心術、精神操作等々が彼のお得意分野になります。
瞬間移動すらこなせる王太子殿下(当時思春期真っ盛り)に催眠をかけ、大広間で「お仕置き中です、見守ってあげてください」というプラカードを首から下げて裸踊りをさせる程度の能力。
どうです? 超、怖いでしょう?
ともかく。
彼が今ちょっと大分真面目な顔でのっそのそ歩いてきたという事は……ははあ姫様、今回抜け出したのは大賢者様の魔力制御レッスンだったのですね。
姫様、魔法自体はお好きですが、とにかくこう、我慢することが苦手なお方ですからね。安全装置も兼ねている腕輪、あの手この手で外したがっていらっしゃいますし。
「末姫様。あなた様は念願の女子ということで王様お妃様にも可愛がられていらっしゃるが、学びは最初が肝要、ジジイはここで引くわけには参りませぬ。それにですな、物事には限度というものがございまする。ちょうどいい機会なのでとくと体験していただきましょう――お仕置きですじゃ、そーれ反省せーい!」
で、手にしていた年季の入った杖がこう、ピカー!
光は姫様だけでなく、その辺にいた周囲関係者まで全員包み、
「しもた、ちと加減を間違えたの」
とかいう呑気そうな声に、
(この老いぼれ様め、仕事の仕方が雑オブザイヤーですよーう!)
と心の中で拳を突き上げている間に意識がブツッと……。
ああ……なんか思い出してきた。
一体何の魔法を作動されたのかは知りませんが、とにかく私はきっと、大賢者様の魔法に巻き込まれて気絶した、ってことなのでしょうね。
ということは、倒れた私を、どなたかが救護室にでも運び込んで下さったのでしょうか?
それにしては何か様子が変というか……。なんだろう?
ああそうだ、例えば、周りに他にも人はいたはずだけどどこ行ったのかなー、とか。
なんか姫様がお休みになるようなフワッフワのベッドに横たえられていたのだけど、これはどうしたことなのかなー、とか。
というかこの部屋……気のせいじゃなければ、いわゆる高貴なお方の私室っぽいところに見えるんだけどなーうわー天蓋つきベッドとか初めて寝たなーうわー。
…………。
いや。いやいやいやいや。
おかしくないですか? これ、おかしいですよね?
たかがちょっと足が速くなる程度の、一介のメイドがぐーすか寝こけていい所じゃないですよね?
私は飛び起きて、迷います。
すなわち、この場からそっと出て行って何事もなかったかのように振る舞うか。
それともここで大人しく変化を待つか。
結論として、唸っている間に事態が進展してしまったため、なかったことに案は強制却下となりました。
さて、人の気配がしたと思いましたら、どなたかお部屋に入ってきたではありませんか。
金髪碧眼。
整った顔立ちに刻まれた深い眉間の皺。
服を着ててもなんとなくわかる筋骨隆々の元気なゴリラっぷり。
ウホ。今日も素敵な近衛騎士団長様。
……団長様、だと……?
どうしよう。咄嗟にベッドから飛び降りて速やかに土下座のムーブには移れたけど、その後全く言葉が続かない。
いやだってなんでそんなどうしてよりによって一番怖い人がここで来るんですか、メイド長様とか侍女様ならまだわかりますがなんで団長、
「何をしている」
「ぎにゃー!?」
しまった! 跪かれて話しかけられて、思わず驚きのあまり奇声を上げてしまった!
ああっごめんなさいますます眉間の皺が深く、
「な、なんで団長様がこちらに!」
違う! 働いて、私の口と頭! それももちろん気にはなってるけど、たぶん今開口一番口にするべきなのは別の文句なの、
「なぜと言われれば、俺がここに君を連れてきたからだ。ちなみに俺の私室だ、安心してほしい。用が済むまで部屋から出すことはできないが」
へーそうなんだーなるほどなー。
ってアホかー! 何一つ納得できんわー! 何をどう間違えたらそんな台詞が出てくるんですか!?
嘘だー! これは夢だと誰か言ってー!
と、私の心の中では七転八倒し叫んでいるのですが、現実では置物のように硬直しており、顔を上げろと言われるので大人しく従うしかない。
大賢者様のあれがあった後どうして現在に至ることになったのか、まるで状況は理解できていませんが、ただ一つ、この場で団長様に逆らっちゃいけないことだけはわかる。
だって何一つ勝てる要素がない。社会的にも肉体的にも精神……いや精神はどうなのか知らないけど、仮にそこ勝っても意味なくない……?
「レティ」
ぎしゃー!
やめてー、団長様は普段すっごい怖い真顔で眼力すさまじいけど遠目に見てる限りではめっちゃハンサムなの、至近距離で両手を握られて囁かれるとか死ぬ―! 眩しすぎて目が潰れるし、声低すぎてたぶん今なんか出ちゃ行けない汁が体中をほとばしってるし、ていうかなんで手を取ってるんですかなんで私の名前知ってるんですか、
「俺のことを踏んでくれ」
ひぎゃー、囁かないでえええええ! なんでもします、何でもいうこと聞きますからあ!!
何でも……。
なん……でも……。
「ふ……む……?」
「そう、踏む」
「ふむ」
「踏む」
「ふむ?」
「踏むんだ」
「ええと……誰が、どなたを……?」
「君が俺を」
あの……あなた「氷結の貴公子」とか「鉄面皮ハンサムゴリラ」とか「一番かっこいい童貞」とか言われているあの近衛騎士団長様、なんですよね……? お顔とお声は間違いなくそうですよね……? 変だな……おかしいのは私なのかな……?
「レティシア。俺のことを、心を込めて踏んでくれ」
わあなんて真面目な美男子なのかしら。
言ってることがまるで理解できないけど。
いや理解はできてるけど脳が全力で処理を拒んでいるのをギシギシリアルタイムで感じているのですけれども。
「団長様を……その……お踏み申し上げれば……解放して下さるんですか……?」
「そうだ。踏んでくれるまで部屋から出さない」
「なぜ!?」
「君がほしいんだ。君の足が」
Oh……ジーザス。
私、メイド。今、近衛騎士団長様に迫られて涙目で震えているの。
でもね。こういうとき、何をすればいいかは、知っているんですよ。
取られていた手をそっと抜き、腕まくりをして、靴を脱ぎ、いざ! 気合いを入れて、団長様を! 見つめます!
「……やってやろうじゃあ、ありませんか」
自棄? 自己防衛です!
こんな状況、まともに頭を使う方が馬鹿を見るってものですよ!
へいへーい、もう知るかー、後でどうなっても知ったことかー、だって私逆らっちゃいけない人に二人きりの密室空間(仮)で「踏まないとどうなるか……わかるね?」されてるんだもーん、私悪くないよー、不可抗力って奴ですよ!
踏むよ! 踏んでやるよ! あたしゃやってやりますよぉ!!
「さーどんとこーい、どこをどう踏めばいいんですかー!」
――それから一時間。
「…………」
ふみ。
ふみふみ。
ふみふみふみふみ。
私は「これ本当にベッド? 大丈夫? 雲とかじゃなくて? 埋まったらもう起き上がれなくない?」と心配になりそうな天蓋付き寝台の中で、そっと横たわる団長様を踏み続けていました。
「凝ってますねー、団長様……」
「ん……」
「特に腰回り、パンパンですねー……」
「んんー」
声をかけるとうめき声のような反応が返ってくるのですが、団長様は割と半分寝こけている様子。
ベッドに導かれた時は「すわ貞操の危機、衝撃の大人デビュー!?」と震え上がりましたが、何のことはない。
どうも団長様、私に日頃溜まった疲れをほぐしてもらいたかったようです。
まあ私、足特化の魔法型ですから、自分でも足のケアには余念がないですし、これを使っていわゆる足踏みマッサージなどするのも、ええ、得意分野? 趣味? まあ、そういう所は元々あったのですが。
でもなんで足? あと、なんで私? 他にも人いるよね? と首を捻れば、肩甲骨周りを踏まれてひじょーに気持ちよさそーなお顔の彼がふにゃふにゃ言う事には。
「姫様確保の時、しなやかに地面を蹴る筋肉のバネが素晴らしいと思った……引き締まったふくらはぎ、太ももに食い込むストッキング……それに、白……」
とのこと。
いや、あの。そうね。私が度々姫様確保を仰せつかるものですから、その折にね。我々ね。ちょくちょく顔合わせるよなあとは思ってましたけどね。
団長様、前半はまだわかりますが、後半のそれはもしかしなくてもスカートの中の話題ですか、ドロワーズのことですか! ばか! どこ見てるんですか! いえ自分でも、「これだけ飛んだら下から危ないのでは?」とかちょっと頭をよぎったりもしましたけど、だって今まで誰からも言われなかったもん、誰からも指摘されなかったんだもん!!
「おお……効く……」
えーい、怒りを込めて踏みしめても! 筋肉馬鹿には通らない! むしろこのぐらい強くないと駄目なんですか、本当――固い、お尻かった! 何コレ馬鹿なの、疲れため込みすぎ!?
そりゃそうですよね、あの悪ガキ共に睨みを効かせながらのほほん国王夫婦を守り抜き、ついでに時々城下付近の魔物討伐にもかり出されている超多忙仕事人ですものね!
そう思えば、今回のコレも、日頃疲れをため込みすぎていた結果の乱心……堅物って評判でしたものね、きっとほどよい息抜きの仕方を知らなかったから爆発しちゃったんだわ。
なんで私に矛先向いたのか知らないけど。その場にいたからかしら。なんだろうこの収まったはずなのにちょっと蘇ってきたイラッと感。
「おう……ふ……」
「む……むむむ……」
「うーん……」
しかもいちいち気持ち良さそうな低いあえぎ声をっ……この! こいつめ! こやつめえっ! 私が今どんな思いであなたを踏みしめていると、
シュンッ。
「お、よかったようやく突破できた。いやあ、団長が部屋を空間ごと凍りづけにして立てこもっているって聞いて来たけど、一体何が……」
目と目が合う瞬間、死を覚悟した。
だって今、心を込めて団長を足蹴にしながら見つめ合っちゃったの、王太子殿下なのだもの。
速やかなベッドからの降下、ローリング、そしてDO・GE・ZA!!
「違うんですこれはご命令だったんです、踏まないとお部屋から出さないぞって言われて仕方なく応じていたわけで、断じて途中から楽しんでいたりは、すみません楽しんでましたいかようにも処罰を下さいできれば痛みが長続きしない奴で!!」
「え、ええええええ……?」
半泣きでふかふかマットに額をこすりつける私、ベッドの中ですやすや寝息を立てている団長。
それらを見比べた王太子殿下は、困ったように頭を掻いていらっしゃったのでした。
「ええと……つまり、整理するとね?」
後日。
私は確かに、姫様を五分以内に確保したご褒美として、アフタヌーンティーセットの恩恵にあずかっておりました。
前に苦笑顔の王太子殿下。
横に沈み込んでいる団長という、メガ盛りセットと共に。
いやーオプションはいらなかったなーなんで私こんな人達と同席してるんだろうなーこれは夢かなー。
「大賢者が、フィオナにお仕置きするために使った魔法が、人の精神に作用するタイプのものだったんだけど。ちょっと、色々間違えたらしくて」
フィオナ、は末姫様のお名前です。
申し訳ない、と王太子殿下が言って下さる。
すると横の団長様の雰囲気が更に重くなる。
やめて! 私、ただ足がちょっと強化できるだけの一般人なんです! このプレッシャーに耐えられない!
「それでまあ……ギディオンはさ。至近距離にいたのと、咄嗟にフィオナと君を庇うような位置に出ちゃったから、まともに全部一人で受けることになっちゃったんだって」
ギディオン……あ、団長様のお名前でしたね。大体いつもゼレンデルブルグ卿とか団長としか呼ばれていないので、一瞬どなたのことかと。
そしてなぜさらに縮こまっているのです、団長……助けて下さったのなら、むしろお礼を言うのは私の方じゃないですか……私、シリアスな空気は苦手なんですけど……唐突に脇腹くすぐりだしたら駄目かな……駄目か……。
「……で、まあ。ざっくり言うと、ギディオンにかけられたのは、『すごく素直になる魔法』。秘めたる欲求とかをオープンにしちゃう奴ね。フィオナ、末っ子だしわがまま放題に見えるけれど、表層の事だけで本当に望んでいることを果たせていないから色々問題行動を起こしているんじゃないのかって、大賢者は考えたみたいだけど……」
なるほど。仮にも姫様ですからね。裸踊りをさせたら王妃様が卒倒しかねない。それで別方向のお仕置きというか反省会というかをなさろうとしていたんですね。
ところで……と、話の途中から思わず団長を見てしまう私と、もはやテーブルの下に沈み込みかけている団長様。
「あの……恐れながら、王太子殿下……」
「うん。どうぞ。発言を許します」
「ということは、団長様は……そのう……」
「よっぽど君に踏まれたかったって事になるね。気絶した君を連れ去って部屋に閉じ込めて『俺を踏まなければここから出さないぞ』と迫る程に」
私が言いよどんだことを、爽やかにさらりと言い切った王太子殿下。
ずざざざざっ、と地面を擦る音が響きました。
振り返れば、中庭に埋まらんばかりの勢いでへばりついている団長様。
「申し訳ない。切腹する」
「ギディオン、気持ちはわかるけど勝手に命を投げ捨てないでくれ。大丈夫、恥ずかしい思いをしたぐらいで人間は死なない。むしろ余計な物を脱ぎ捨てて、一回り大きくなれる」
かつて裸踊りをさせられて大人になった殿方が言うと言葉の重みが違うような、「あれ? これなんか別の開いちゃいけないタイプの扉オープンされてない?」と案じるような……。
って感動している場合じゃない。
「団長様、お顔を上げて下さい……その……驚きはしましたけど、別にその……それだけですし……」
「ま、ちょうどよかったんじゃない? フィオナの追いかけっこに積極的に参戦してたの、いつもやってくるウサギメイドさんの生足が見たかったってのも理由の一つだったんでしょ? ストレスの多い王城生活で貴重な癒やされタイムだったんでしょ? そうだ、これを機に直接頼んでみたら? おみ足スリスリさせて下さいって」
やめて! 今、団長様は正気に戻っているの! 元の堅物鉄面皮アイスブルー伯爵の威光を取り戻そうとしているところなの! キラッキラのスマイルで追撃を重ねるのは、やめてさしあげて! 私ももうこれ以上の真実を知りたくない、こんなのすぐに受け止めきれませんよ!
「まあ、フィオナも今回の騒動で、自分の脱走が思わぬ事故に繋がることもあるんだ……と反省したようだし。団長が閉じこもってた事は皆知ってるけど、中で誰とナニしてたのか知っているのは僕たちだけ。一応頼りにしている近衛団長だからね、君もあまり吹聴しないでくれると助かるな? ほら、関係者は限られているから、広まりでもすれば出所はすぐにわかるし……」
「め、滅相もございません……墓まで持って行きます、お許しを!!」
怖い。
王太子殿下が、怖い。
裸踊りで一皮剥けると皆こんな大人になっちゃうのかな。
彼は日頃にらみを利かせている相手を散々いじめて満足したのか、椅子を引き、ひらひら手を振って立ち去ります。
「じゃ。後はお若いお二人で」
いえ、私はともかく団長はあなたより年上ですが……あとなんだその捨て台詞……。
さて、アフタヌーンティーセットと共に残されましたのは我々二人。
せっかくのご褒美タイムですから、そろそろと自分でお茶を入れ直しまして、香りを楽しんだりもしています。
その間ずっとシュン……としている騎士団長様。
さすがにちょっと、かわいそうになってきました。というか空気がいたたまれない。
「あの……」
「本当に、申し訳なかった」
「いえ……」
「以後、なるべく顔を合わせぬように尽力する」
立ち上がったかと思えば、もう一度深く頭を下げ、それでそのまま去って行こうとする。
私はあんぐり口を開いたまま見送りかけて、
「待って下さい!」
気がつけば、乱暴にカップをソーサーに戻して椅子から勢いよく立ち上がり、団長様の方を睨み付けていました。
振り返れば、いつもの鋭い眼光――ううっ、相変わらずなんて鋭いアイスブルー、でも負けませんよ!
「これで終わったおつもりですか……」
あ、あれ?
息を思いっきり吸い込んで、吐き出した言葉が何かおかしい。
いや、確かに私、二度と会わないとまでの勢いの団長様に今、それはちょっとやりすぎです、とお声をかけようとはしていましたが、別にこんな事を言うつもりじゃ……。
「謝罪がまだ足りない、と」
「違います! 足りてないのはマッサージです!!」
ヘイ、ミス。どうした、私。
いや、確かに「団長の筋肉かったいなー、ちゃんとメンテナンスしないとこれ疲れが溜まっちゃう一方ですよ、今日はたくさんほぐしてあげましょう」とか踏んでる途中から思ってましたし、ぶっちゃけサービス提供している側としてはちょっと消化不良な所で王太子殿下に踏み込まれてしまったことは確かですよ。
しかもその後「やだ……団長ったら、結構私のこと気にかけて下さっていたの……?」とか女の自尊心がゴリゴリ刺激されたのは確かですよ。ええ。まあ、団長目は怖いですし基本無口ですし何考えてるのかますますわからなくなった所はありますが……かっこいいですしね。「いい足してるね」って言われたらうっかりときめいてしまう程度には、この人かっこいいし私はチョロくて涙止まらないですね!!
でも、ちょっと待て。団長の眼力攻撃でテンパって、私、一体どこに向かおうとしているの!
「あ、あんな程度で私の足の全てを知った気にならないで下さい……まだ全然、本気を出していません」
おーい! おーい、レティシア! どうどう! 違う! こんなこと口走るつもりでは。
「……ほう?」
ああー!
ほら、あんたが喧嘩腰だから団長がすっとアイスブルーの目を細めちゃって、あー! 駄目! 無理! もう目を合わせていられません!
「では……このことは俺たちだけの秘密、ということで……」
手をそっと握られてハスキーボイスで囁かれると、は、はう……駄目だ、腰砕けそう……。
「これからも時々、皆に内緒で俺を踏んでくれるか?」
「はい、卿……」
「俺はまた、満足するまで部屋から出さないかもしれないぞ?」
「か、必ずご期待に応えてみせます……私の脚力はSSS級です……」
今絶対はいって言っちゃいけないところだったのにやらかした。
しかもなんだSSS級って。張り合うな。団長と張り合おうとするな。
だってこんな、堅物騎士様が幸せそうにくしゃって笑ったりなんかしたら、私なんかが勝てるわけないじゃなーですかー、もー! ずるいよー! なんでそこで笑うのー!
こうして私、ちょっと脚力強化ができる程度のしがないメイドことレティシアは、プチ監禁騒動を経て、騎士団長様の足踏み係になってしまったのでした。
私の明日はどっちに転ぶんだー!?