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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第5章 マイシスターは落とせない
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第63話 『無意味で有意義なモルック談義』


 まず冒頭で断りを入れておく。


 この後に繰り広げられる束の間の物語は、火を見るより明らかな蛇足である。足どころか、爪の先まで書き足してしまうことを前もってここに宣言しよう。宣戦布告と言い換えてもいい。クラスマッチだけに。


 本筋とはまったく関係がないので読み飛ばしていただいて構わない——というのは流石に悲しいので、斜め読みしていただいても構わない、くらいに留めておく。ちなみに『斜め読み』というのは伏線でも何でもなく、字面通りに斜めに読んでも特にメッセージは隠されていないこともここに付記しておこう。


 そうしなければフェアではない。


 フェアプレー精神は大事だ。クラスマッチだけに。


 さて、予防線を張るのはこれくらいにして、ぼちぼち余談に入るとしよう。


 時間と体力と心に余裕がある、強靭な肉体と精神を有する方々は、このまましばしお付き合いいただきたく候——閑話休題。


「モルックだけ場違い感すごくないですか?」


「場違い感?」


 ハナの指摘に、今度は智悠(ちひろ)の方が首を傾げる番だった。ハナの小さな指先を辿り、黒板に書かれた文字列へと再び視線を戻していく。


 サッカー。

 バスケットボール。

 バレーボール。

 卓球。


 そして——モルック。


 何度見ても書かれている内容は変わらない。

 お馴染みの五種目が並んでいるだけだ。


「そうか? 僕は特に違和感は感じないけれど」


「智悠さん、私が人間界のことを何も知らない女神だからって馬鹿にしてませんか?」


 ジト目を向けるハナに、智悠は肩を竦めてみせる。白々しいことこの上ない。


「私だって天界にいた頃、この世界を覗き……んんっ、観察して知識を蓄えていたんですよ。実体験は皆無ですが」


 周りに聞かれないように声を落としながら抗議してくるハナ。ぷくっと頬を膨らませる姿は実に愛くるしいけれど、何故だろう、瞳が笑っていない。


 言われて、遠い日の記憶を思い出す。


 そういえば彼女が学校に転入してきた初日、体育館でバスケ部の試合を観戦しながらそのようなことを言っていた。


 ハナは続けて、


「あそこに書かれているスポーツも、天界にいた頃に遠くから何度も拝見しました。だから大方のスポーツについては私も知っています。……ただひとつを除いては」


「——モルック」


 未だかつて、これほどまでに意味深長な表現技法で『モルック』なる単語を口にした人間が存在しただろうか。


 このままモルックを題材にした青春スポ根物語が展開されてもおかしくない雰囲気だ。残念ながら『青春』『スポ根』ともに小日向(こひなた)智悠とは無縁の言葉たちなので、そんな未来はあり得ないのだけれど。


 主人公にはなれそうもない。


「まあ、私の勉強不足と言われればそれまでの話ですが……」


「いや、そんなことはないぞ。悪ノリして悪かった」


 恍けるのもふざけるのも、このあたりが潮時だろう。元より、こんな風に眉を曇らせる彼女が見たかったわけではない。


 ここは正直に話すべき場面だろう。


「でも、別段嘘をついたってわけでもないんだ。去年も同じ競技だったっていうのは本当だし」


 むしろ、この学校の生徒にとっては——智悠も含めて——この五種目こそがデフォルトなのだ。当たり前の日常。だからクラスの誰もいちいちツッコまないし、気にしない。


 違和感がないことが違和感。


 そのあたりのことをかいつまんで説明すると、ハナは顎に手を当ててコクリと頷く。


「なるほど。……それで、智悠さんの本音は?」


「ハナがいつツッコんでくれるんだろうって、ワクワクしてた」


「人が悪いっ!」


 顔を赤くしてむくれる女神様。


 この表情が見たかったのだと口にしたら怒られるだろうか。怒られてみたい気もする。


 気を抜けば良からぬ妄想の翼を広げたがる厄介な男心。それを何とか鎮めて、智悠は詰め寄るハナをどうどうと抑えながら、


「まあ、安心しろ。ちょうど一年前の僕も、今のハナと同じ反応をしたから」


「そうなんですか?」


「ああ。わざわざ競技説明の最後に持ってくるあたりに学校側のウケ狙いが透けてみえたから、『絶対にツッコまないぞ』って心に誓ったもんだ」


「私はそこまでは思ってませんけれど……」


「なんでも、学校行事を通して幅広いスポーツに親しんでもらいたいという願いを込めて決められたらしい。去年の担任が言ってた」


「なんと、それは大変立派な理由じゃないですか」


「まあ、最近注目されてきたとはいえ、まだまだマイナーなスポーツだからなあ」


「……で、本当のところは?」


「確か先先代くらいの校長が接待モルックでハマって取り入れた」


「めちゃめちゃ私情じゃないですか」


 尊敬の眼差しから一転、シラッとした目を向けてくるハナだった。別に智悠が決めたわけではないのに、責められている気がするのはどうしてだろう。


「まあそう言ってやるなよ。これでも去年は結構盛り上がったんだぞ、モルック。僕は自分の競技が終わったらさっさと教室帰ったから見てないけど」


「クラスマッチのクの字もないですね」


「うちの学年で一人めちゃめちゃハマった奴がいて、終わった後で部活立ち上げたらしいぞ。まあ皆すぐに飽きちゃって、今は部員そいつ一人らしいけれど」


「先ほどの方、部員数一人の部活で幽霊部員なんですか。もういっそ廃部にすべきでは?」


 先ほどまで智悠に向けられていた目が、今度はブライ⭐︎モンスター君へと注がれていた。彼はそんな温度の低い視線には一切気づかずに、引き続き美人教師とのやり取りにせっせと勤しんでいる。


 一人の美少女からの好感度がダダ下がり中だというのに、呑気なものだ。是非そのままの彼でいて欲しい。


「ところで智悠さん」


 心中で名も知らぬクラスメイトに合掌していると、ハナがツンツンと肩をつついてきた。地味にくすぐったいし気恥ずかしいから止めて欲しい。


「な、何だ?」


 わずかに身体を仰け反らせながら応じる。


 ハナは別段気にした様子もなく、こてりと可愛らしく小首を傾けて、


「今更ですけど、モルックってどのような競技なのですか?」


「どのようなって……えっと、そうだな……」


 はたして去年の担任は何と言っていただろうか。


 一年前の記憶を掘り起こしてみる。


「確か、モルッカーリからモルックを投げてスキットルを倒すんだよ」


「何て?」


「だから、モルッカーリからモルックを投げてスキットルを倒すんだよ」


「モディリアーニがハンモックに乗ってキットカットを食べる?」


「言ってねえよ。いや、それは食べてたのかもしれないけど。……ていうかちょっと待て。モルックまで聴き取れないのはおかしいだろ」


「専門用語を専門用語で説明しないでください!」


「わかったわかった。どうどう。ひとつひとつ噛み砕いて説明するから」


「ではまず、モディリアーニとは何ですか?」


「画家」


「ごめんなさい間違えました。モルッカーリとは何ですか?」


「投げる位置を示す、木の棒でできた目印だな。走り幅跳びの踏切線みたいな感じだ」


「では、モルックとは?」


「投げる木の棒」


「スキットルは?」


「倒す木の棒」


「なるほど、わかりました。では、今の説明を繋げると?」


「モルッカーリからモルックを投げてスキットルを倒すんだよ」


「怒りますよ」


「ごめん、調子に乗りました」


 未だかつて見たことがないほどの無の表情だった。普段温厚な人ほど怒らせるとおっかないと言うけれど、それは女神にも当てはまるらしい。


「要は、木の棒で決めた位置から木の棒を投げて別の木の棒を倒すスポーツってことだ」


「木の棒ばっかりですね」


「そんなことを言われても、本当にその通りだしな……」


 ほかに説明のしようがないのだから仕方ない。もしほかに上手い説明の仕方があるのなら、智悠が教えてもらいたいくらいである。


「それ、勝敗はどうやって決まるのですか? たくさん食べた方が勝ち?」


「キットカットは食べないよ?」


 もしかしてお腹が空いているのだろうか。


 今朝は真綾(まあや)と三人、仲良くコーンフレークで食卓を囲ったはずだけれど。


「コーンフレークと言えば、コーンフレークは性欲を減退させて自慰行為、すなわち一人エッチを抑制する目的で開発されたって雑学は有名だが」


「コーンフレークで話を広げようとしないでください。雑談に雑談を重ねないでください。しかも朝に相応しくない方向に」


「え? 今投げてなかった? 木の棒じゃなくてボールを」


「投げてません。今はケロッグではなくモルックの話です」


 彼女が欲しているのは食欲でもなければ性欲でもない。強いて言うなら知識欲だ。


「確か、キットカット……じゃなくてスキットルに数字が書かれているんだよ。ほら、こんな風に」


 言って、智悠は自分の机に細長い長方形を落書きしていく。その数は全部で十二個。


 それから、それぞれの図形に一から十二までの番号を書き足していく。


「スキットルは全部で十二本。それぞれに一から十二までの番号が振られてる。モルックを投げて、スキットルを倒す。倒したスキットルに書かれた数字がそのまま獲得ポイントになる。これを繰り返して、先に五十ポイントを獲得した方が勝ちだ」


「それなら、最初に投げる人が全部倒せばそれだけで勝ててしまうのでは?」


「意外に戦法が脳筋過ぎてちょっと引くんだけど……そう単純な話でもないんだよ」


「というと?」


「まずはポイントの加算方式。倒したスキットルが一本なら書かれている数字がそのままポイントになるけれど、二本以上だと()()()()()がポイントになるんだ」


「ということは、最初に一気に十二本倒しても十二ポイントにしかならないと?」


「そういうこと。次に勝利条件」


「勝利条件?」


 怪訝な顔をするハナに向かって、智悠は指を五本立てた。


「さっき僕は先に五十ポイントを獲得した方が勝ちと言ったけれど、これは言葉足らずだ。正確には、先に五十ポイント()()()()になった方が勝つ」


「なるほど……もし五十ポイントを超えてしまったら?」


「確か、半分の二十五点から再スタートだったかな」


「なかなかシビアですね……」


「それだけじゃない。最初スキットルは固まって置かれているけれど、一度倒したスキットルは倒れた地点でまた立てられる。だから、ゲームが進むにつれて倒す難易度が上がっていくんだ」


 どのようにして五十ポイントに到達させるか、逆算してポイントを積み重ねていく戦略性。


 どのスキットルをどのように倒すか、後のゲーム展開も視野に入れた思考力。


 そして、狙ったスキットルを確実に倒す技量。


 木の棒で決めた位置から木の棒を投げて別の木の棒を倒すスポーツ。


 一言でまとめてしまえばそれまでのスポーツだけれど、一言では表せないほどの緻密なゲーム性がモルックには秘められている。


「……」


 智悠の説明を聞き終えたハナは、思案げに目を伏せていた。顎に手を当てた姿勢のまま、何やらうんうん唸っている。


 まだ理解できないところがあるのだろうか。


 声を掛けようとしたタイミングで、ハナはガバッと顔を上げた。


「智悠さん。私、決めました。——私、モルックに出場します!」


 そして、浅葱色の瞳を宝石のように輝かせて、高らかに宣言した。


「クラスの方からどの競技を選ぶか聞かれた時も、ずっと決めかねていたんです。あまり運動が得意ではないというのもそうですけど……何より、どの競技も『やってみたい』と思ってしまって」


 恥ずかしそうに笑うハナ。


 やはりと言うべきか、この好奇心の化身はいつでもそのアンテナを張り巡らせている。


「でも、智悠さんのお話を伺って決心がつきました。私、モルックがやってみたいです!」


「……そうか」


 少し前まで『場違い』なんて言っていたとは思えない台詞だ。聞く人が聞けば思わずツッコみたくなるほどの。


 しかし——それで良いのだ。とかく、出逢いというのはひょんなことから生まれるものである。


 そんな悟ったようなことを思っていると、ハナは一転してモジモジと口ごもり出した。


「そ、それでですね……出場するにあたって、智悠さんにひとつお願いがありまして……」


「お願い?」


 聞き返すと、ハナは若干頬を赤らめながらも意を決した表情で、


「その、智悠さんにも一緒に出場していただきたくて! ほら、私やるのはじめてですし、よく知っている方がいると心強いと言いますか……」


「何だ、そんなことか」


 一体どんなお願いを聞かされるのだろうと身構えたけれど、思わぬ拍子抜け感に苦笑を漏らす智悠。


 何故か遠慮がちな彼女の心中は見当もつかないが、彼女なりの葛藤があるのだろう。


 常は考え過ぎてしまう智悠も、最近はこうして思考を棚に上げることが増えた。どこぞのゼロ距離少女の影響だろうか。


「でも、いいのか? さっき友達から同じ競技に出ようって誘われてただろ」


「私から皆さんに、モルックに出たいとお話ししてみます。皆さんお優しい方々ですから、きっと一緒に出場してくださると思います」


 普段仲良くしているハナが言うのなら、きっとそうなのだろう。


 これで懸念点は消えた。

 ならば、智悠の答えはひとつだ。


「よし。じゃあ——」


「——では。大会の説明も終わりましたので、そろそろ出場競技の決定に移ります」


 返事をしようとしたタイミングで、凛依(りえ)の一際大きな声がそれを遮った。


 視線を前に戻すと、凛依は黒板に書かれた競技名の横に数字を書き足していく。


 サッカー。十三。

 バスケットボール。七。

 バレーボール。八。

 卓球。六。

 モルック。六。


「これが各競技の出場人数です。今から順に競技名を読み上げますので、出場を希望する人は挙手してください。定員以内であれば確定。超えてしまった場合は各自話し合って決めていただきます」


 異論がないことを確認すると、凛依は一番上——サッカーを指差して。


「それでは、サッカーに出場したい人——」


 そして、今朝のホームルームは恙無く進んでいく。


 凛依の声に応じて、クラスメイトが思い思いに手を挙げる。


 ハナも先ほど集まっていた女子たちと密かにアイコンタクトをとり、どのタイミングで手を挙げるかを示し合わせている。お互いに頷いている感じを見るに、どうやら意思は伝わったようだ。


 智悠の心もすでに決まっていた。


 女神様からの頼み。真白(ましろ)ハナの願い。


 ならば、智悠の選択はひとつだけだ。


「では、次——」


 凛依が読み上げた競技名に、智悠はピンと手を伸ばす。


 こうして、蛇足極まる余談の余談は、ホームルームの終了を告げるチャイムとともに、待望の終焉を迎えたのだった。

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